佐々木力と入江万里子の愛人関係|萬田久子が知らなかった隠し子と3億の遺産の真相

佐々木力と入江万里子の愛人関係|萬田久子が知らなかった隠し子と3億の遺産の真相

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佐々木力さんと入江万里子さんの関係が話題になっています。

佐々木力さんは萬田久子さんとの事実婚中に、自社のプレス担当だった入江万里子さんと愛人関係にあったとされています。

この記事では、佐々木力さんと入江万里子さんの関係の経緯や娘の存在、遺産相続の詳細について解説します。

佐々木力と入江万里子の関係|愛人関係の経緯と娘の存在

2人の関係や経歴、そして萬田久子さんとの事実婚中に起きた出来事を整理していきます。

  • セオリーのプレスから愛人関係へ
  • 入江万里子のプロフィールと経歴
  • 佐々木力のプロフィールと経歴
  • 2人の間に生まれた娘
  • 萬田久子が知った隠し子の衝撃

セオリーのプレスから愛人関係へ

佐々木力さんと入江万里子さんの関係は、仕事上のつながりから始まりました。

入江万里子さんはアメリカのファッションブランド「theory(セオリー)」のプレス(広報・PR)を務めていた女性です。

佐々木力さんの会社「株式会社リンク・インターナショナル」は1999年からtheoryの国内輸入販売を手がけており、入江万里子さんはそのブランドのプレス担当として活躍していました。

2003年頃から、2人は愛人関係になったと報じられています。

当時、佐々木力さんは女優の萬田久子さんと事実婚の関係にありました。つまり入江万里子さんとの関係は、萬田久子さんとの事実婚中に始まったものだったのです。

その後、佐々木力さんは自身の権限を使って入江万里子さんをセオリーモデルとしても起用したとされています。入江万里子さんは2008年頃から女性ファッション誌で「美人プレス」として紹介されるようになりましたが、これも佐々木力さんの業界での影響力が関係していたと考えられています。

入江万里子のプロフィールと経歴

入江万里子さんのプロフィールについては、公開されている情報が限られています。

兵庫県神戸市の出身で、2011年の時点でアラフォーだったと報じられています。

以下で分かっている経歴を詳しく見ていきます。

ディオールからセオリーへの転身

入江万里子さんは地元・神戸の大学を卒業後、洋服が好きという動機でアパレル関係の会社に就職しました。

しかし配属されたのは洋服とは関係のないデスクワークの部署で、日々ジレンマを感じていたそうです。

その気持ちを先輩に相談したところ、ファッションプレス(PR・広報)の仕事を教えられて興味を持ち、神戸から上京してクリスチャン・ディオールに転職しています。

ディオールでは2年間プレスの仕事に就き、そのノウハウを学びました。

美人プレスからモデル起用まで

ディオールで経験を積んだ入江万里子さんは「もっと等身大の自分に合ったブランドを手がけたい」という気持ちを抱くようになり、退社します。

半年間のブランクを経て、アメリカのブランド「theory」に入社し、そのブランドのプレスを務めるようになりました。

theoryのプレスとして活躍する中で佐々木力さんと出会い、2003年頃から愛人関係になったと推測されています。

その後、佐々木力さんの権限によりセオリーモデルとしても起用されるようになり、2008年頃からは女性ファッション誌に「美人プレス」として度々登場するようになりました。

しかし表に出なくなった時期を境に、佐々木力さんが都内のマンションで入江万里子さんと子供を囲っていたと報じられています。

佐々木力のプロフィールと経歴

佐々木力さんは1951年3月16日生まれ、岐阜県の出身です。

地元の大学を卒業後、愛知県名古屋市の繊維専門商社「タキヒヨー株式会社」に入社しました。

入社2年目の25歳でアメリカ・ニューヨークの支社に配属され、3年間の勤務を経て香港の「WHK Holdings Company Limited」の社長に抜擢されています。

その後35歳で総合アパレル大手のワールドから出資を受け、同社の香港駐在取締役に就任しました。これは当時のワールドの最年少での役員抜擢でした。

1998年に自身の会社「株式会社リンク・インターナショナル」を設立し、翌1999年にはアメリカのブランド「theory」の日本での展開を開始します。

2001年には「株式会社リンク・セオリー・ホールディングス」を設立して代表取締役会長に就任し、2005年には東証マザーズへの上場を果たしました。

2009年にはファーストリテイリングの上席執行役員にも就任しています。

しかし2011年6月にスキルス性胃がんと診断され、同年8月9日に60歳で亡くなりました。発覚からわずか2か月あまりの急逝でした。

2人の間に生まれた娘

入江万里子さんと佐々木力さんの間には、娘が1人生まれています。

2012年発売の「女性セブン」によると、佐々木力さんが亡くなった2011年時点でこの娘は3歳だったと報じられており、2008年か2009年頃に誕生したとみられます。

佐々木力さんはこの娘を認知しており、愛人関係でありながらも入江万里子さんと娘を自社所有の都内マンションに住まわせていたそうです。

佐々木力さんには合計5人の子供がいました。前妻との間に3人(1男2女)、事実婚の萬田久子さんとの間に息子1人、そして入江万里子さんとの間にこの娘1人です。

萬田久子が知った隠し子の衝撃

萬田久子さんが入江万里子さんの娘の存在を知ったのは、佐々木力さんが入院中のことでした。

佐々木力さんは2011年6月にスキルス性胃がんと診断され、余命3か月を宣告されます。その闘病中に、萬田久子さんにも面識のある元部下の女性との間に2歳の娘がいることを告白したのです。

萬田久子さんは「隠し子のことは全く知らず、自分だけが愛されていると思っていたので、大きな衝撃を受けました」と語っています。

しかもこの告白を知った翌日に佐々木力さんが倒れ、話もできなくなってしまったといいます。

萬田久子さんは後に「健康なときなら別れていたでしょうね」と振り返りつつも、「タイミングがいいですよね」と冗談めかして当時を語っています。

約25年間連れ添ったパートナーの最期に明かされた事実は、萬田久子さんにとって大きな衝撃だったことは間違いありません。

佐々木力と入江万里子をめぐる遺産と家族|200億円の行方

ここからは、佐々木力さんの死後に注目を集めた遺産問題と、関係者のその後を見ていきます。

  • セオリー成功までの経歴
  • 前妻との離婚と5人の子供
  • 娘が相続した遺産の驚きの配分
  • 萬田久子に相続権がなかった理由
  • 愛人女性の現在の消息
  • 佐々木力と入江万里子まとめ

セオリー成功までの経歴

佐々木力さんがtheoryを日本に持ち込んだ背景には、海外での豊富なビジネス経験がありました。

25歳でニューヨーク勤務を経験し、その後は香港で約21年間にわたり国際的なビジネスの最前線に立ち続けました。

theoryの創業者であるアンドリュー・ローゼンさんとは若い頃からの友人関係にあり、この人脈が1999年のtheory日本展開につながっています。

2005年にはリンク・セオリー・ホールディングスを東証マザーズに上場させ、萬田久子さんとの株式資産が150億円以上と報じられるなど、アパレル業界を代表する経営者としての地位を築きました。

なお、佐々木力さんは2009年にファーストリテイリングの上席執行役員に就任していますが、「ユニクロの社長」ではありません。ユニクロの創業者は柳井正さんであり、佐々木力さんはセオリーの経営者です。同じグループに属した時期があるため混同されることがありますが、まったく別の立場でした。

前妻との離婚と5人の子供

佐々木力さんには前妻がいましたが、一般女性のため名前や経歴は公開されていません。

前妻との間には3人の子供(1男2女)が生まれています。

1980年代半ばに萬田久子さんと出会い交際を始めた当時、佐々木力さんはまだ既婚者でした。そのため2人の関係は不倫と見なされ、世間から厳しい批判を受けています。

1987年に萬田久子さんがニューヨークで長男を出産し、未婚の母として注目を集めました。

1994年に佐々木力さんは前妻と離婚しましたが、萬田久子さんとは入籍せず、事実婚という形を選んでいます。離婚条件に「再婚しないこと」が含まれていた可能性や、萬田久子さん自身の意思があったとも言われています。

結果として佐々木力さんの子供は5人。前妻との3人、萬田久子さんとの息子1人、入江万里子さんとの娘1人で、この全員が遺産の相続人となりました。

娘が相続した遺産の驚きの配分

佐々木力さんの遺産は総額200億円とも報じられ、その行方に大きな注目が集まりました。

以下で具体的な配分を見ていきます。

自由が丘200坪の土地の分配

「女性セブン」2012年7月12日号によると、佐々木力さんの遺産のひとつである東京・自由が丘の約200坪の土地は、5人の子供に以下の割合で分配されました。

前妻の娘2人にそれぞれ200分の39ずつ、前妻の息子に200分の29、萬田久子さんの息子に200分の33、そして入江万里子さんの娘に200分の60です。

5人の中で最も多くの持ち分を得たのが、入江万里子さんの娘だったのです。法定相続分の2.4倍にあたる配分であり、遺言によるものと考えられています。

この土地の当時の坪単価は約250万円で、200坪で約5億円の価値があり、入江万里子さんの娘の相続分は約1億5000万円に相当します。

マンション含め合計約3億円

土地の相続に加えて、佐々木力さんは生前に入江万里子さん名義で都心部に時価1億6000万円のマンションを購入していたことも明らかになっています。

これは入江万里子さんと娘が生活に困らないように配慮したものでした。

土地の相続分約1億5000万円と合わせると、入江万里子さんの母娘には合計約3億円の資産が遺されたことになります。

ただし佐々木力さんの遺産総額は200億円とも言われているため、入江万里子さん母娘に残された額は全体から見ればごく一部ということになります。

萬田久子に相続権がなかった理由

約25年間連れ添った萬田久子さんですが、法的には佐々木力さんの遺産を1円も受け取る権利がありませんでした。

その理由は、2人が入籍していなかったからです。

日本の民法では、内縁の妻には法定相続権が認められていません。どれだけ長い期間を共に過ごしていても、婚姻届を提出していなければ相続人にはなれないのです。

萬田久子さん自身も「結婚していなかったので私は関係ない」「金銭ではないものを、いっぱいいただきました」と語っています。

遺産はすべて5人の子供たちに分配される形となり、萬田久子さんは喪主を務めながらも相続からは外れるという複雑な立場に置かれました。

なお、佐々木力さんは亡くなる直前に萬田久子さんに「婚姻届を出そう」と伝えていたそうです。しかしその願いが叶うことはありませんでした。

愛人女性の現在の消息

入江万里子さんの現在については、2011年に佐々木力さんが亡くなって以降、情報がまったく出ていません。

2011年の時点では都内の高級マンションで娘と暮らしていたと報じられていますが、その後の動向は不明です。

娘は2026年の現在、高校生になっている年齢です。

入江万里子さんが別の男性と結婚したという情報もなく、現在どのような生活を送っているのかは分かっていません。

佐々木力さんから遺された約3億円の資産を元に、娘と静かに暮らしている可能性が高いと考えられます。

佐々木力と入江万里子まとめ

  • 入江万里子さんは神戸市出身の元セオリープレスで、2003年頃から佐々木力さんと愛人関係にあった
  • 佐々木力さんはリンク・セオリー・ジャパンの代表取締役社長兼CEOで、萬田久子さんとは約25年間の事実婚だった
  • 入江万里子さんとの間には2008〜2009年頃に娘が生まれ、佐々木力さんが認知している
  • 萬田久子さんは佐々木力さんの入院中に隠し子の存在を知り、大きな衝撃を受けた
  • 佐々木力さんの遺産総額は200億円とも言われ、5人の子供に分配された
  • 入江万里子さんの娘は5人の中で最も多い相続分を得ており、マンション含め約3億円が遺された
  • 萬田久子さんは事実婚のため相続権がなく、遺産は受け取っていない

佐々木力さんと入江万里子さんの関係は、アパレル業界の頂点に立つ経営者と自社プレスという立場から始まった愛人関係でした。その背景には、萬田久子さんとの長年の事実婚や前妻との複雑な家族関係が絡み合っており、200億円ともいわれる遺産の行方とともに、今なお多くの人の関心を集めています。

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