芝大輔の高校は愛媛の帝京第五!姉とのアパート暮らしと担任の出前エピソード

芝大輔の高校は愛媛の帝京第五!姉とのアパート暮らしと担任の出前エピソード

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M-1グランプリの決勝で一気に名前を広め、ドラマにも活躍の場を広げているモグライダーの芝大輔さん。どこの高校に通っていたのか、気になった方も多いのではないでしょうか。

芝大輔さんの出身高校は、愛媛県大洲市にある私立の帝京第五高等学校です。

山あいの実家から遠く離れた高校に通うため、姉と2人でアパート暮らしをしていた時期もあり、高校3年生の冬にはその後の人生を変えるM-1グランプリの初回を見ています。

この記事では、所属事務所のプロフィールや本人の発言をもとに、芝さんの高校と高校時代のエピソードを整理します。

芝大輔の高校は帝京第五|愛媛・大洲市の私立高校に通った3年間

  • 出身高校は帝京第五高校
  • 実家から遠かった高校
  • 姉と2人のアパート暮らし
  • 担任が取ってくれた出前
  • バレー部で「拾う」役

まずは、芝さんが通った高校と、在学中の暮らしぶりを見ていきます。

出身高校は帝京第五高校

芝大輔さんは1983年7月25日生まれ、愛媛県北宇和郡松野町出身のお笑い芸人です。2009年に相方のともしげさんとモグライダーを結成し、M-1グランプリでは2021年と2023年に決勝へ進出しました。

高校について分かっていることを、先に一覧にしておきます。

出身高校 帝京第五高等学校(私立・共学)
所在地 愛媛県大洲市
学科 普通科とされる
高校時代の暮らし 姉と2人で学校近くのアパートに住んでいた
部活動 バレーボール部(学生時代)
卒業後 大学に進学するも約1週間で中退し、吉本の養成所へ

所属事務所のマセキ芸能社の公式プロフィールには、学歴として「帝京第五高等学校卒業」と記されています。

帝京第五高等学校は、1963年に設立された私立の共学校です。帝京大学の名前を冠していますが、所在地は東京ではなく愛媛県大洲市。普通科や総合学科のほか看護科も設けており、寮も備えています。人物事典などでは、芝さんは普通科の出身と紹介されています。

「帝京」という名前から東京の学校を思い浮かべがちですが、芝さんは地元愛媛の私立高校で3年間を過ごしています。

実家から遠かった高校

芝大輔さんが育ったのは、松野町の中でも峠を越えた先にある集落です。本人はテレビで「いわゆる限界集落ってやつ」と表現しています。

読売新聞の記事によると、通っていた小学校は同級生が6人だけ。中学校は〈峠の向こう〉にしかなく、中学生から寮で暮らす環境でした。家から毎日通える学校がそもそも近くになかったわけです。

高校はさらに遠く、実家のある松野町から大洲市までは山を越えた先にあります。そのため芝さんは、中学に続いて高校でも実家を離れて暮らすことになりました。

テレ朝Podcast『永野とモグライダー芝のぐるり遠回り』では、中学入学と同時に親元を離れた生活を「早すぎる自立」と振り返り、帰省しても親と何を話していいか分からなかったと明かしています。親から「都会に行きなさい」と言われて育ったことも、遠くの学校へ進む後押しになったのかもしれません。

姉と2人のアパート暮らし

高校時代の暮らしぶりがよく分かるのが、2026年1月に配信された『ぐるり遠回り』での話です。

「放課後、何してた?」というテーマのトークで、芝さんは実家から高校まで遠すぎたため、姉と2人で学校の近くのアパートに住んでいたと明かしました。ところが姉も芝さんも料理を一切せず、何も食べないまま学校へ行っていたため、在学中にどんどん痩せていったそうです。

親元を離れた高校生2人だけの暮らしでは、食事の準備まで手が回らなかったのでしょう。この話を聞いた永野さんは、「いつの時代の話だよ」「経歴詐称じゃないよね?」とツッコみつつ、思わぬ過去に興奮していました。

なお、ネット上には「高校時代も寮で暮らしていた」とする紹介もありますが、本人がポッドキャストで語ったのは姉とのアパート暮らしです。高校3年生の冬には、街のアパートに住む祖母の家に下宿していたこともエッセイに書いています。

担任が取ってくれた出前

痩せていく芝大輔さんの異変に気づいたのが、高校の担任の先生でした。

担任から「お前、飯食ってないだろ」と呼び出された芝さんは、内緒で職員室に出前を取ってもらい、朝からご飯を食べさせてもらっていたといいます。遠慮してざるそばを選ぶと、先生から「もっとガッツリ食え」と逆に怒られてしまったそうです。

昭和の人情ドラマのようなこのエピソードは、テレ朝POSTでも紹介され話題になりました。生徒の生活の変化に気づき、こっそり手を差し伸べる先生がいたことからは、地方の小さな私立高校ならではの距離の近さが伝わってきます。

親元を離れて暮らす生徒にとって、こうした先生の存在は大きな支えだったはずです。芝さんが今もこの話を笑いながら語るのは、感謝の気持ちがあるからかもしれません。

バレー部で「拾う」役

芝大輔さんは学生時代、バレーボール部に所属していました。人物事典では中学時代のバレーボール部として紹介されており、高校でも続けていたとする紹介もあります。

2026年1月14日配信の『ぐるり遠回り』では、このバレー部の経験を、芸人としての芸風と結びつけて語っています。芝さんは後輩芸人から相談を受けると、学生時代の部活のポジションを聞くことがあり、「当時のポジションと今の芸風はマッチしていることが多い」という持論があるそうです。

バレー部で点を取る役割ではなく、「とにかくボールを拾うこと」ばかりやっていたという芝さん。それが今の「ボケを拾う」ツッコミの芸風につながっていると分析しています。

ちなみに相方のともしげさんはアメフト部で、司令塔のクオーターバックを希望しながら、監督に「お前はとにかく前へ走れ」と命じられたそうです。先輩の永野さんも、この説には「深いね」と感心していました。

芝大輔の高校時代と卒業後|M-1との出会いと母校の甲子園

  • 高3の冬に見たM-1の初回
  • 入学案内に「日本ハム」
  • 母校が甲子園に初出場
  • 卒業後は大学を1週間で中退
  • 芝大輔の高校についてまとめ

ここからは、芸人を目指すきっかけになった高校時代の出来事と、母校とのその後のつながりを見ていきます。

高3の冬に見たM-1の初回

芝大輔さんの高校時代でもっとも大きな出来事といえるのが、2001年のクリスマスに放送されたM-1グランプリの初回です。

芝さんはエッセイ『煙太郎』の連載第1回で、このときのことを書いています。ど田舎の高校3年生だった芝さんの実家では、テレビ朝日系のチャンネルが映らず、M-1を見ることができませんでした。ところが、たまたま街のアパートに住んでいた祖母の家に下宿していたため、運良く見られたといいます。

審査員席には島田紳助さんと松本人志さんが並び、無名の若手漫才師がゴールデンタイムの生放送でネタを披露する。祖母に「早く風呂に入れ」とせかされて何組かを見逃したものの、風呂上がりに弟から「麒麟て人らが面白かった」と聞き、無名の若手が一気に全国に知られていく様子に興奮したそうです。

子供の頃から「テレビの中に入りたい」と願っていた芝さんにとって、高校最後の冬に見たこの番組は特別なものになりました。のちに自分がこの大会に長く挑み続けることになるとは、その時点では思いもしなかったと振り返っています。

入学案内に「日本ハム」

母校の思い出としてラジオで明かしたのが、在学中の学校紹介パンフレットの話です。

2022年8月、ニッポン放送『モグライダーのオールナイトニッポンX』で芝さんは、在学中に入学案内のパンフレットを見たら「我が校からの主な就職先」という一覧の一番上に「日本ハムファイターズ」と書いてあったと話しました。何十年も前に、ドラフト6位くらいで1人だけ日本ハムに入った卒業生がいたらしいといいます。

「主な就職先に書くかね。『日本ハムファイターズ』って、堂々と」とツッコみ、当時はちょっと恥ずかしいと思っていたと笑っていました。そのうえで、自分が通っていた頃と比べて「学校もイメチェンした」とも話しています。

地方の私立高校らしいおおらかさを、ツッコミ担当らしい目線で切り取ったエピソードですね。

母校が甲子園に初出場

その帝京第五高校は、2022年の第104回全国高校野球選手権大会に愛媛県代表として初出場しました。

同じ大会には、相方ともしげさんの母校である埼玉の聖望学園高校も13年ぶり4度目の出場を果たしました。芝さんは「コンビでバラバラの出身地で、お互いの母校が出るって珍しいだろうね」と驚いています。

当時は母校の甲子園出場について取材を受ける機会も多かったそうですが、「ご自身のM-1初出場とリンクしてどうですか」と聞かれても「めちゃめちゃ関係ねぇからな(笑)」と恐縮していた芝さん。最後は「本当に応援してますから!悔いなく精一杯頑張っていただければと思います!」と球児たちにエールを送りました。

M-1で初めて決勝に進んだ翌年に、母校も初めて甲子園の土を踏んだわけで、偶然とはいえ不思議な巡り合わせだったといえそうです。

卒業後は大学を1週間で中退

高校を卒業した芝大輔さんは、大学に進学して上京しました。しかし読売新聞の記事によると、通ったのは1週間ほどで、そのまま中退しています。

進学先は、母校と同じ帝京グループの帝京大学と紹介されることが多いものの、本人の発言として大学名まで確認できる一次情報は見当たりませんでした。

大学をやめた芝さんは吉本興業の養成所NSCの東京校に入りますが、卒業後の数年間は芸人活動から遠ざかった時期もありました。それでも25歳でともしげさんとモグライダーを結成し、38歳で初めてM-1の決勝の舞台に立っています。

高校3年生の冬にテレビで見たM-1の決勝に、20年後には自分が立っていたわけです。遠く離れた高校での暮らしは、芸人・芝大輔の原点のひとつになっています。

芝大輔の高校についてまとめ

  • 芝大輔さんの出身高校は、愛媛県大洲市にある私立の帝京第五高等学校
  • 事務所の公式プロフィールにも「帝京第五高等学校卒業」と記されている
  • 実家から遠かったため、姉と2人で学校近くのアパートに住んでいた
  • 何も食べずに登校して痩せていき、担任が職員室で出前を取ってくれた
  • 学生時代のバレー部で「ボールを拾う」役だった経験が、今の芸風につながっている
  • 高校3年生の冬、祖母の家でM-1グランプリの初回を見た
  • 在学中の入学案内には、主な就職先として「日本ハムファイターズ」と書かれていた
  • 母校は2022年に夏の甲子園へ初出場した
  • 卒業後は大学を約1週間で中退し、吉本の養成所へ進んだ

帝京第五高校で過ごした3年間は、親元を離れた暮らしの不自由さと、テレビの向こうに憧れる気持ちが入り混じった時間でした。

担任の出前や祖母の家で見たM-1など、今では笑い話になった思い出の数々が、ツッコミ芸人・芝大輔さんの土台になっているのかもしれません。

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