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池松壮亮さんの実家は金持ちらしい、という話をご存じでしょうか。
映画やドラマで存在感を放つ実力派俳優ですが、その育った家について調べると、意外なほど具体的な情報が出てきます。
父親は福岡で建築会社を率いる社長。母親は博多で料理店を営んでいた女将。
そして姉は劇団四季でヒロインを演じた元女優です。
これだけ並ぶと「たしかにお金持ちなのでは」と思えてきますが、実際のところはどうなのでしょうか。
この記事では、池松壮亮さんの実家が金持ちと言われる根拠を、父親の会社ブルクの実績、母親の店、実家の場所、そして家族構成の面から掘り下げていきます。
目次
池松壮亮の実家は金持ち?父の会社ブルクと母の名店が示す実力
- 実家が金持ちと噂される3つの根拠
- 父が率いる建築会社ブルクとは
- 都市景観賞と10億円の社債を完済した手腕
- 25年続けた保育園運営という顔
- 母が博多で営んだ「御料理 千」と「洋食 千」
まずは、実家が裕福だと語られる理由を具体的に見ていきます。
実家が金持ちと噂される3つの根拠
池松壮亮さんの実家が金持ちだと語られる理由は、ぼんやりした印象論ではありません。両親がそれぞれ事業を持ち、しかもどちらにも実績がある、という事実の積み重ねです。
まず、家族の基本情報を整理しておきます。
| 父親 | 池松正剛さん/株式会社ブルク 代表取締役社長(1989年創業) |
| 父の実績 | 2014年 福岡市都市景観賞を受賞/NPO法人わかば代表として約25年間 保育園運営 |
| 母親 | 池松知佳子さん/「御料理 千」(博多駅近く)・「洋食 千」(福岡市南区)を営んだ元女将 |
| きょうだい | 姉・日佳瑠さん(元劇団四季)/本人/妹・馨さん/弟の4人 |
| 実家の場所 | 福岡市南区が有力(博多区とする情報もあり) |
噂の根拠は、大きく3つに分けられます。
1つ目は、父親が福岡で建築会社を経営していること。しかも単に会社があるというだけでなく、2014年に福岡市都市景観賞を受賞するという公的な評価を得ています。
2つ目は、母親が博多駅の近くで懐石料理の店を営んでいたこと。飲食店を持つこと自体が資本を要しますが、さらに福岡市南区で洋食店も展開していました。夫婦それぞれが独立した事業を持っていたわけです。
3つ目は、子どもたちの進路です。姉の日佳瑠さんは劇団四季の舞台に立ち、東京音楽大学の声楽科を卒業しています。池松壮亮さん自身も10歳で劇団四季に入りました。
音楽やバレエ、演劇といった習い事は、月謝だけでなく送迎や公演の遠征費がかさみます。子ども4人を育てながら、それぞれの才能に投資できる環境があったことは、経済的な余裕を物語る材料と言えます。
つまり、単発の派手なエピソードではなく、両親の事業と子どもたちの環境という複数の事実が重なって「金持ち」という評価につながっているのです。
地方では十分に名の知れた経営者一家、という表現がしっくりくる家庭でした。
父が率いる建築会社ブルクとは
池松壮亮さんの父親は、池松正剛さんといいます。1958年9月11日生まれで、福岡県久留米市城島町の出身です。
その正剛さんが代表取締役を務めるのが、株式会社ブルクという会社で、創業は1989年です。福岡を拠点に長く続いてきました。
事業の幅がとにかく広いのが特徴です。住宅建築、リフォーム、リノベーション、店舗デザイン、賃貸物件の管理、さらに印刷デザインや家具の製造販売まで手がけています。
「建築会社」という言葉から連想する工事だけの会社ではなく、空間をつくることに関わる仕事を丸ごと引き受ける会社、と言ったほうが近いかもしれません。
従業員数はおよそ10名という規模です。数字だけ見れば大企業ではありませんが、少人数でこれだけの領域をカバーしている点にこそ、この会社の性格が表れています。
正剛さんの経歴も、最初から社長だったわけではありません。大学卒業後は住宅メーカーで営業を経験し、都市再開発の現場を踏んでから独立しました。
現場と営業の両方を知っている経営者だからこそ、設計から施工、その後の資産運用の相談までを一貫して引き受けられるのでしょう。
近年は不動産コンサルティングや事業承継の支援にも領域を広げ、2020年には「付加価値工房」という新しい取り組みもスタートさせています。
一つの事業に安住せず、必要とされる形を探し続ける。息子である池松壮亮さんが、話題作にも小さな作品にも分け隔てなく出演し、役柄の幅を広げ続ける姿と、どこか重なって見えます。
都市景観賞と10億円の社債を完済した手腕
ブルクという会社を語るうえで外せないのが、2014年の福岡市都市景観賞の受賞です。
これは市が景観の質を高めた建築物や活動を表彰するもので、審査を経て選ばれます。身内の評価ではなく、街づくりの観点から公に認められたという意味で、重みのある実績です。
会社の看板に「受賞歴あり」と書ける状態は、営業面でも大きな武器になります。実家が裕福だと言われる根拠として、この受賞は決して小さくありません。
そして、正剛さんの経営者としての歩みを語るうえで、もう一つ強烈なエピソードがあります。
バブル崩壊のとき、10億円もの社債を抱えたというのです。
創業からわずか数年で日本経済が崩れ、多くの建築・不動産会社が姿を消した時代でした。10億円という数字は、従業員10名規模の会社にとって、常識的に考えれば再起不能の重さです。
それでも正剛さんは会社を畳まず、この負債を完済しました。
つまりブルクは、順風満帆に大きくなった会社ではありません。一度どん底を見て、そこから立て直された会社です。実家が金持ちと言われる背景には、こうした踏ん張りの歴史がありました。
華やかな結果の裏に、地味で長い返済の日々があった。その事実を知ると、「金持ちの家に生まれた俳優」という単純な見方が少し変わってくるのではないでしょうか。
25年続けた保育園運営という顔
正剛さんには、建築会社の社長とは別の顔もあります。
特定非営利活動法人わかばの代表・理事として、およそ25年にわたって保育園の運営に携わってきたのです。法人の設立は2006年4月です。
しかも、名前を貸すだけの役職ではありませんでした。保育園で絵本の読み聞かせをしたり、園児の送迎をサポートしたりと、現場に足を運ぶ関わり方をしています。
経営者、クリエイター、そして社会事業家。この3つの顔を持つ人物、と評されるのも納得です。
25年という年月は、池松壮亮さんが子どもだった時期とそのまま重なります。父親が子どもの育つ場に長く関わり続ける姿を、家庭の中から見ていたわけです。
もう一つ、正剛さんを語るうえで欠かせないのが音楽です。筋金入りのジャズマニアで、毎日新しいジャズのCDを数枚買ってくるほどだといいます。
この父の影響は、息子の仕事に思わぬ形で表れました。池松壮亮さんは2023年公開の映画『白鍵と黒鍵の間に』でジャズピアニストを演じています。
家に流れていた音が、めぐりめぐって息子の代表作の一つにつながった。実家の豊かさは、お金の話だけではなかったようです。
母が博多で営んだ「御料理 千」と「洋食 千」
母親は、池松知佳子さんといいます。かつて女将として飲食店を営んでいた、いわば食のプロです。
経営していた店は2つあります。一つは博多駅の近くにあった懐石料理の「御料理 千」。もう一つが、福岡市南区の「洋食 千」です。
和と洋、まったく性格の違う店を持っていたことになります。懐石料理の店を切り盛りするには、腕だけでなく仕入れや接客の目利きも欠かせません。温かくてパワフルな経営者だった、と評されています。
店には妻夫木聡さんのサインが飾られていたといい、地元で愛された店の空気が伝わってきます。知佳子さん自身も2014年にTBSの『情熱大陸』に出演しました。
なお「洋食 千」は2015年ごろに閉店したと伝えられています。
そして、この母親こそが池松壮亮さんの俳優人生の入口をつくった人でもあります。10歳のとき、母親の勧めでオーディションを受けたことがすべての始まりでした。
父親が経営で、母親が飲食で、それぞれ独立した事業を持つ。子どもは4人。この家庭像を並べれば、実家が金持ちと言われるのも自然なことに思えてきます。
ただ、両親ともに事業を持つということは、その分だけ働いていたということでもあります。裕福さの正体は、二人分の労働だったのかもしれません。
池松壮亮の実家は福岡のどこ?金持ち一家の家族構成
- 実家の場所は福岡市南区が有力
- 姉は劇団四季でナラ役を射止めた実力派
- 妹と弟、そして姪から呼ばれる愛称
- 野球少年を俳優へ導いた父の一言
- 池松壮亮の実家と金持ち説まとめ
ここからは、実家の所在地と、そこで育った家族について見ていきます。
実家の場所は福岡市南区が有力
池松壮亮さんの出身地は福岡県福岡市です。では、実家は市内のどこにあるのでしょうか。
有力とされているのが、福岡市南区です。
根拠は2つあります。まず、池松壮亮さんが通っていた小学校と中学校が、福岡市南区の公立校だという点です。子どもの足で通える範囲に自宅があったと考えるのが自然です。
もう一つが、母親が営んでいた「洋食 千」が福岡市南区にあったことです。生活圏と仕事の場が重なっています。
南区は、地下鉄七隈線が通る住宅地として人気のあるエリアです。福岡の中心部へのアクセスがよく、落ち着いた街並みが広がっています。
一方で、実家は博多区だとする情報もあります。母親の「御料理 千」が博多駅の近くにあったことを考えると、この説にも一定の理屈はあります。
つまり、南区が有力とされてはいるものの、番地レベルで特定できるような確かな情報は公にされていません。一般の方が暮らす場所ですから、そこは踏み込まずにおくのが筋でしょう。
高校は福岡大学附属大濠高校で、こちらは中央区にあります。高校卒業までを福岡で過ごし、その後は日本大学芸術学部映画学科の監督コースへ進みました。
俳優として活動しながら、演じる側ではなく撮る側の学科を選んでいる点は、いかにもこの人らしい選択です。
姉は劇団四季でナラ役を射止めた実力派
池松壮亮さんの家族を語るとき、姉の存在は外せません。
姉は池松日佳瑠さんといいます。1987年11月23日生まれで、池松壮亮さんの3歳上にあたります。
日佳瑠さんは劇団四季の舞台に立った元女優です。14歳のとき、『ライオンキング』福岡公演でヤングナラ役を射止めました。
驚くのはその後です。2011年、日佳瑠さんは大人のナラ役に抜擢されました。同じ作品で子役と大人役の両方を演じた俳優となったのです。
子役として舞台に立った作品に、大人になってから主要キャストとして戻る。狙ってできることではありません。
学歴も本格的で、東京音楽大学音楽学部の声楽科を卒業しています。2014年に劇団四季を退団しました。
同じ年、日佳瑠さんは劇団四季出身の宇都宮直高さんと結婚しています。現在は夫婦で「U musicroom KIDS」というボイストレーニングのスクールを運営し、宅地建物取引士の資格も持っているといいます。
娘は3人。長女の佳稟さんは2016年生まれ、次女の佳歩さんは2017年生まれで『美女と野獣』のチップ役を務め、三女は2020年生まれです。
姉が劇団四季、弟も劇団四季。姉弟そろって同じ舞台に立った時期もありました。子どもの才能をここまで伸ばせる家庭環境そのものが、実家の豊かさを示していると言えるでしょう。
妹と弟、そして姪から呼ばれる愛称
池松家は4人きょうだいです。両親を含めると6人家族になります。
上から順に、姉の日佳瑠さん、池松壮亮さん、妹、弟という並びです。
妹は馨さんといい、西南学院高校の出身と伝えられています。劇団四季に所属していたという情報がある一方、税理士だという話もあり、情報が割れています。
一般の方ですから、どちらが正しいのかを断定できる材料はありません。ここは深追いせずにおきます。
弟は末っ子で、こちらも一般の方です。名前や職業は公にされていません。
きょうだいが多い家庭について、池松壮亮さんはこんなふうに語っています。兄弟が多いと、その時々で味方が変わっておもしろい、と。
けんかをしても、次の日には誰かが味方になっている。4人もいれば力関係が日替わりで変わる。その感覚を楽しんでいたことが伝わってくる言葉です。
姉の娘たち、つまり姪っ子が3人いることは先に触れました。この姪っ子たちから、池松壮亮さんは「トッケ」と呼ばれています。
由来は単純で、幼い姪っ子たちが「そうすけ」とうまく発音できなかったことから定着したそうです。
映画賞の常連である実力派俳優が、家に帰れば「トッケ」。この子たちのために頑張ろうと思える、とも語っており、家族との距離の近さがうかがえます。
野球少年を俳優へ導いた父の一言
意外に思われるかもしれませんが、池松壮亮さんは筋金入りの野球少年でした。
小学校から高校まで野球を続け、ポジションはセンター。背番号は1番を背負っていました。高校では軟式野球部の副キャプテンを務めています。
俳優の道に入ったのは、本人が芝居を志したからではありませんでした。きっかけは、父・正剛さんの一言です。
合格したらプロ野球カードを買ってあげる。
この言葉に釣られて、10歳の池松壮亮さんはオーディションを受けました。そして『ライオンキング』のヤングシンバ役に選ばれてしまいます。
野球カード欲しさに受けたオーディションが、日本を代表する俳優のキャリアの出発点になったのです。
この野球少年ぶりは、その後も顔を出します。映画『ラストサムライ』のオーディションで「将来の夢は?」と聞かれた池松壮亮さんは、こう答えました。イチローみたいな野球選手になりたい、と。
俳優のオーディションで野球選手になりたいと答える子どもが、そのまま合格してハリウッド作品に出演する。出来すぎた話のようですが、実際にあったことです。
父の一声、母の勧め、姉が立っていた舞台。振り返れば、池松壮亮さんの原点はことごとく家族の中にありました。
実家が金持ちかどうかという話の先には、才能を見つけて背中を押す家族の姿があったのです。
池松壮亮の実家と金持ち説まとめ
池松壮亮さんの実家と金持ち説について、要点を整理します。
- 父親は株式会社ブルク代表の池松正剛さん。1989年創業で建築・リノベーション・不動産管理などを幅広く手がける
- 2014年に福岡市都市景観賞を受賞。バブル崩壊時に抱えた10億円の社債を完済した経歴を持つ
- NPO法人わかばの代表として約25年間、保育園の運営にも関わってきた
- 母親は池松知佳子さん。博多駅近くの「御料理 千」と福岡市南区の「洋食 千」を営んだ元女将
- 実家の場所は福岡市南区が有力。小中学校が南区の公立校で、母親の洋食店も同区にあった
- 4人きょうだいで、姉の日佳瑠さんは劇団四季でヤングナラ役とナラ役の両方を演じた元女優
- 俳優デビューのきっかけは、父親の「合格したらプロ野球カードを買ってあげる」という一言
両親がそれぞれ事業を持ち、子ども4人の才能に投資できる家庭。実家が金持ちと言われる根拠は、たしかに揃っています。
ただ、その内実は「元から裕福だった家」というより、10億円の負債を返しながら会社を守り、二人分の仕事で子どもを育てた家でした。
野球カード欲しさにオーディションを受けた少年が、いま日本映画に欠かせない俳優になっている。その出発点が家族の中にあったことこそ、この一家のいちばんの財産なのかもしれません。