カオリ・ナラ・ターナーの夫はどんな人?2週間でプロポーズした名匠ビル・ターナー

カオリ・ナラ・ターナーの夫はどんな人?2週間でプロポーズした名匠ビル・ターナー

記事内で紹介する商品を購入することで、当サイトに売り上げの一部が還元されることがあります。

日本人として初めてエミー賞メイクアップ部門を受賞したカオリ・ナラ・ターナーさんは、92歳になった今もハリウッドで活躍を続けるレジェンドです。

そんなカオリさんの人生を大きく動かしたのが、ハリウッドの第一線で活躍した故・ビル・ターナーさんという夫の存在でした。

この記事では、カオリ・ナラ・ターナーさんの夫はどんな人物だったのか、馴れ初めや結婚式のエピソード、そして夫亡き後の現在までを整理して解説します。

先に結論

  • 夫はビル・ターナーさん、ハリウッドのメイクアップアーティスト
  • 1965年に香港の映画ロケ現場で出会い、わずか2週間でプロポーズ
  • 結婚式は戦艦の甲板上で挙行、立会人はスティーブ・マックイーンさん
  • 子どもはなく、二人三脚で歩んだ夫婦
  • 夫は1992年に逝去、現在もカオリさんはハリウッドで活躍中

カオリ・ナラ・ターナーの夫はどんな人?プロフィールと馴れ初め

カオリさんの夫だったビル・ターナーさんは、ハリウッドの黎明期からメイクアップ業界の第一線で活躍してきた職人です。

カオリさんの今の姿を語るうえで、夫であり師でもあるビルさんの存在は欠かせません。

ここからは、ビルさんの人物像、お二人の出会い、そして急展開のプロポーズまでを順に整理していきます。

夫はメイク界の名匠ビル・ターナー

 

この投稿をInstagramで見る

 

紫藤 尚世(@shitohisayo)がシェアした投稿

カオリさんの夫の名前は、ビル・ターナーさん(Bill Turner)です。

職業はハリウッドのメイクアップアーティストで、1960年代当時のハリウッド映画界では実力派として名前を知られた人物でした。

詳しい生年月日や経歴の細かな部分まではほとんど公開されていませんが、現場で一緒に仕事をしたスタッフからは「実力と信頼を兼ね備えた職人」と評価されていたと伝えられています。残念ながら1992年に逝去されており、現在カオリさんが伝説として語る夫の姿は、すべて在りし日のビルさんのものです。

砲艦サンパブロのメイクアップを担当

ビルさんの代表作としてよく語られるのが、1966年公開の映画『砲艦サンパブロ』です。

スティーブ・マックイーンさん主演のこの作品で、ビルさんはメイクアップスタッフとして香港ロケに参加していました。

『砲艦サンパブロ』はアカデミー賞でも複数部門にノミネートされた作品で、当時のハリウッド大作のロケ現場にビルさんが入っていたという事実だけでも、業界での立ち位置が伝わります。後にカオリさんと出会う運命のロケ現場も、まさにこの作品の現場でした。

ハリウッドで第一線の職人として活躍

ビルさんは、まだメイクアップ技術が発展途上だった時代から、ハリウッドの第一線で活躍してきた職人です。

その仕事ぶりは、表に名前が出るタレント業ではなく、現場の最前線で俳優を支える裏方の名人といった位置付けです。

カオリさんはのちに「夫はメイクの神様のような人だった」と語っており、技術だけでなく人柄や姿勢も含めて、業界内で深く尊敬されていた様子がうかがえます。後にカオリさん自身がメイクの世界に入り、エミー賞という栄誉に届くまでに至ったのも、夫から学んだものが大きかったとされています。

夫との出会いは香港の映画ロケ現場

カオリさんとビルさんが出会ったのは、1965年の香港でした。

当時カオリさんは、ダンサーとして香港のステージに立っており、海外で活躍する若手スターのひとりとして注目されていました。

ちょうど同じ時期、ビルさんは映画『砲艦サンパブロ』の香港ロケにメイクアップスタッフとして参加していました。仕事のオフ時間に観に行ったショーで、ステージ上のカオリさんに目を奪われたのが、二人の物語の始まりだったと伝えられています。

カオリさんのダンスはエネルギッシュかつ華やかで、ハリウッドの第一線で活躍していたビルさんの目から見ても忘れられない印象を残したようです。当時のカオリさんは30代に差し掛かっていましたが、しなやかさと存在感を兼ね備えた姿は、香港の社交界でも大きな話題でした。

夫からのプロポーズは2週間後

二人の関係はそこから急展開していきます。

ビルさんはカオリさんと出会ってから、わずか2週間ほどでプロポーズしたと語られています。

ロケで滞在できる時間が限られていたという事情もあったとはいえ、出会って2週間でプロポーズというスピードは、当時としても大胆な決断です。カオリさんも、年下の華やかなキャリアを捨てる選択肢があるなかで、ビルさんの誠実さに惹かれて快諾したと伝えられています。

ふたりは1965年中に結婚し、ハリウッドのメイクアップアーティストと、日本出身のダンサーという、いかにも華やかな組み合わせの夫婦が誕生しました。

カオリ・ナラ・ターナーの夫との結婚生活と別れ

結婚後、カオリさんとビルさんは映画のような結婚式を挙げ、ハリウッドの裏側で支え合う夫婦としての歩みを始めます。

そして、ビルさんの一言がカオリさんの人生を再び大きく動かすことになりました。

ここからは、結婚式の場所、夫の仕事との関わり、そして1992年の別れまでをまとめていきます。

夫との結婚式は戦艦の甲板で挙行

カオリさんとビルさんの結婚式は、なんと映画のロケ現場である戦艦の甲板上で挙行されました。

これは、ふたりの出会いの舞台でもあった『砲艦サンパブロ』のロケ現場で、その縁を活かして開かれた特別な挙式だったとされています。

普通の結婚式場ではなく、ハリウッド映画の撮影に使われていた戦艦の甲板で式を挙げるという発想自体が、すでにふたりの人生のスケール感を物語っています。撮影クルーや出演者がそのまま列席する形になり、現場全体が祝祭ムードに包まれた一日だったと言われています。

立会人はスティーブ・マックイーン

この結婚式で立会人を務めたのが、『砲艦サンパブロ』の主演俳優スティーブ・マックイーンさんです。

ハリウッドを代表する大スターが、いち撮影スタッフのために立会人を引き受けるというのは、それだけビルさんが現場で信頼されていた証でもあります。

カオリさんは後年、このときのマックイーンさんを「とても気さくでチャーミングだった」と振り返っており、ハリウッド黄金期の空気をそのまま体験できる、極めて貴重な結婚式だったことがわかります。世界的スターを身近に感じながら結婚生活をスタートできた点でも、ふたりの夫婦像は唯一無二です。

ラスベガスとロサンゼルスの遠距離婚

結婚後しばらくは、カオリさんはラスベガスでダンサーとしての仕事を続け、夫のビルさんはロサンゼルスを拠点にしていました。

つまり、お互いに仕事のステージが違ったため、週末ごとにラスベガスからロサンゼルスへ通う「遠距離婚」のスタイルだったのです。

それでも夫婦の絆は揺るがず、カオリさんは長距離移動を続けながら、夫との時間を大切にし続けていたと伝えられています。当時のラスベガスはエンタメ全盛期で、カオリさんもショーガールとして高い評価を受けていたため、すぐに芸の道を手放さなかった点にも、彼女の強さがにじみます。

夫の誘いでメイクの道へ転身

転機が訪れたのは1971年のことです。

カオリさんがダンサー時代に靭帯を負傷し、これまでのように踊ることが難しくなってしまいました。

そのとき、夫のビルさんから「一緒にメイクの仕事をしよう」と誘われたことが、カオリさんの第二の人生のスタート地点となります。41歳という決して若くないタイミングからの転身でしたが、夫が現場の第一人者だったことで、彼女は一気に本物のハリウッド・メイクアップの世界に飛び込むことになりました。

その後、カオリさんは『フラッシュダンス』『ゴーストバスターズ』『キル・ビル』『ラスト・サムライ』など、数々の有名作品を手がけるトップ・メイクアップアーティストへと成長します。2003年には、日本人として初めてエミー賞のメイクアップ部門で受賞という快挙も成し遂げており、夫の一言がいかに大きな影響を持っていたかが伝わってきます。

夫は1992年に逝去し子どもはなし

夫婦としての歩みは、1992年にビルさんが亡くなったことで大きな区切りを迎えます。

カオリさんとビルさんの間に子どもはおらず、夫を失った後は、ふたりの人生をひとりで歩み続けることになりました。

カオリさんは後年のインタビューで、夫が遺してくれた言葉や姿勢を支えに仕事を続けてきたと語っています。子どもがいない夫婦だからこそ、ふたりはお互いに仕事のパートナーでもあり、家族そのものでもあった、という関係性が伝わるエピソードです。

夫亡き後もハリウッドで活躍中

夫を見送った後も、カオリさんはハリウッドの第一線で仕事を続けてきました。

2008年には日本政府から旭日双光賞を受章し、長年のキャリアと日米の文化交流への貢献が公式に評価されています。

90歳を超えた現在も、滋慶学園グループの講師を務めたり、コスメブランドのプロデュースに関わったりと、エネルギッシュな活動を続けています。88歳のときには自宅が全焼するという大きな事故にも見舞われましたが、それすら「ラッキー」と前向きに語る姿勢に、ファンや後進の業界人からの尊敬は揺らぎません。夫から受け継いだ職人魂が、今もカオリさんを支えていると言える生き方です。

カオリ・ナラ・ターナーの夫についてまとめ

ここまで紹介してきた、カオリ・ナラ・ターナーさんの夫にまつわる情報を整理します。

  • 夫はビル・ターナーさん、ハリウッドのメイクアップアーティスト
  • 代表作は1966年公開の映画『砲艦サンパブロ』のメイクアップスタッフ
  • 1965年に香港のロケ現場で出会い、わずか2週間でプロポーズ
  • 結婚式は戦艦の甲板上で挙行、立会人はスティーブ・マックイーンさん
  • 夫の誘いでカオリさんは41歳でメイクの世界へ転身し、2003年にエミー賞を受賞
  • 夫は1992年に逝去、子どもはなく、現在もカオリさんはハリウッドで活躍中

カオリ・ナラ・ターナーさんの今の姿は、夫であり師でもあったビル・ターナーさんとの出会いがあったからこそ生まれたものです。

香港でのスピードプロポーズ、戦艦の甲板での結婚式、ハリウッドでの遠距離婚、そして夫の一言で訪れた人生最大の転機。どれも一人の女性の人生としては規格外のドラマですが、その裏には、夫を信じて飛び込み続けてきたカオリさんの覚悟があります。夫の死から30年以上経った今も走り続ける姿は、夫婦の物語が今なお続いていることを感じさせてくれます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

error: Content is protected !!