岡本多緒の旦那は編集者テンジン・ワイルド!国籍と馴れ初めを解説

岡本多緒の旦那は編集者テンジン・ワイルド!国籍と馴れ初めを解説

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岡本多緒さんの旦那はどんな人なのだろう、と気になって検索された方が多いのではないでしょうか。

カンヌ国際映画祭での受賞をきっかけに注目が一気に集まりましたが、私生活はあまり知られていません。

実は旦那さんも、ファッションの世界で名の知れた仕事をしてきた人物です。

この記事では、岡本多緒さんの旦那の経歴と、2人が出会って結婚するまでの流れを順番に整理していきます。

岡本多緒の旦那テンジン・ワイルドとは何者か

まずは、旦那さんがどんな人物なのかを確認していきましょう。

  • 旦那の名前と職業
  • スイスとチベットのルーツ
  • 手がけてきた雑誌と仕事
  • 夫婦で立ち上げたブランド

旦那の名前と職業

岡本多緒さんの旦那は、テンジン・ワイルドさんという名前の方です。日本の芸能関係者ではなく、ニューヨークを拠点に活動してきた編集者・クリエイターです。

肩書きとしてよく紹介されるのが、モード誌『ザ・ラスト・マガジン』の共同創刊者兼編集長という立場です。雑誌を作る側の人間として、ファッションの中心地で長くキャリアを築いてきました。

先に、旦那さんまわりで分かっていることを整理しておきます。

名前 テンジン・ワイルド(Tenzin Wilde)
国籍 スイス
職業 編集者・クリエイター
主な肩書き 『ザ・ラスト・マガジン』共同創刊者兼編集長
出会い ニューヨークのファッションシーン

俳優やミュージシャンといった表舞台の人ではなく、作品や誌面を作る側の人物というのが大きな特徴です。岡本多緒さんがモデルとして世界の第一線に立っていた時期を考えると、活動領域が自然に重なる相手だったといえます。

スイスとチベットのルーツ

テンジン・ワイルドさんを語るうえで欠かせないのが、その出自です。

スイス人の父と、チベット難民の母のもとに生まれたと紹介されています。国籍はスイスですが、家庭にはチベットの文化が流れていたことになります。

「テンジン」という名前自体も、チベットに由来するものです。ヨーロッパで生まれ育ちながら、もう一方のルーツを名前として受け継いでいる形ですね。

この二重のルーツは、仕事の姿勢にもはっきり表れています。テンジンさんは「チベットやヒマラヤの文化・伝統をファッションを通じて伝えたい」という想いを語っており、単なる出自の話にとどまっていません。

ファッションは流行を追う世界だと思われがちですが、テンジンさんの場合は、自分の背景にある文化をどう現代に接続するかという視点で仕事をしてきました。のちに夫婦で立ち上げるブランドも、この延長線上にあります。

手がけてきた雑誌と仕事

テンジン・ワイルドさんのキャリアは、雑誌の世界を軸に広がってきました。

代表的なのが、共同創刊者として立ち上げた『ザ・ラスト・マガジン』です。ニューヨーク発のモード誌で、編集長も務めています。雑誌をゼロから立ち上げて運営するというのは、編集者としてかなり重い役割です。

それ以前にも、『ヴィジョネア』や『V』といった雑誌での編集経験を重ねてきました。いずれもファッション業界で影響力のある媒体で、業界内での評価の高さがうかがえます。

また、雑誌の仕事と並行して、複数のブランドのアートディレクターも務めてきました。誌面をまとめる編集の目と、ブランドの世界観を組み立てるディレクションの両方を持っているわけですね。

岡本多緒さんは2009年のニューヨーク・コレクションで大きく注目され、1シーズンで58ブランドのショーに出演したと語られています。同じ時期のニューヨークで、片や被写体として、片や誌面を作る側として、2人はそれぞれの立場から同じ業界を見ていたことになります。

夫婦で立ち上げたブランド

2人の関係を象徴しているのが、夫婦で立ち上げたブランドの存在です。

2020年、岡本多緒さんとテンジン・ワイルドさんは「アボード・オブ・スノウ(ABODE OF SNOW)」を立ち上げました。テンジンさんがCEO兼クリエイティブディレクター・プロデューサー、岡本さんが共同クリエイティブディレクター兼サステナビリティアンバサダーという体制です。

コンセプトに置かれているのは、テンジンさんのルーツであるチベット・ヒマラヤの文化と伝統です。そこに「責任あるモノ作り」という軸を重ねています。

素材にはヤクのウールや日本製のリサイクル素材が使われており、環境への配慮が具体的な形で組み込まれています。

夫婦が同じブランドで肩書きを分け合っているというのは、なかなか珍しい形です。テンジンさんのルーツを土台に、岡本さんが持続可能性の面から関わるという役割分担になっており、それぞれの経歴がそのまま生かされています。

岡本多緒と旦那の馴れ初めから結婚まで

ここからは、2人がどう出会い、どのように結婚へ進んだのかを見ていきます。

  • 出会いをつないだ人物
  • アイスランドでのプロポーズ
  • スイスの島で挙げた結婚式
  • 子どもについて公表されたこと
  • 岡本多緒の旦那と結婚についてまとめ

出会いをつないだ人物

2人が出会ったのは、ニューヨークのファッションシーンでした。

ここで大きな役割を果たしたのが、共通の友人の存在です。2人をつないだのは、ファッションデザイナーのフィリップ・リムさんだと語られています。

岡本多緒さんは1985年生まれ、千葉県市川市の出身です。14歳でモデルデビューし、2006年にフランスへ渡りました。そこからニューヨークへ活動の場を移し、2009年にマッシュルームカット、いわゆる「TAOヘアー」で一気にブレイクします。

ラルフ・ローレンをはじめとする有名ブランドのキャンペーンにも起用され、モデルとしての存在感を確立していきました。ちょうどその時期に、同じ業界で雑誌を作っていたテンジンさんと接点が生まれたわけですね。

デザイナーの紹介という出会い方は、いかにもファッションの世界らしいものです。仕事の場が重なっていたからこそ、共通の友人を介して自然につながったのでしょう。

アイスランドでのプロポーズ

交際が始まってからプロポーズまでは、およそ2年だったと語られています。

そのプロポーズの舞台が、少し変わっています。選ばれたのはアイスランドで、しかも岡本多緒さんの30歳の誕生日というタイミングでした。

贈られた指輪も印象的です。ゴールドの地金に、ローズカットのダイヤモンドをあしらったリングだったと伝えられています。

ローズカットは、表面がドーム状に磨かれた古い時代のカット方法です。現代の主流である輝きを最大化するカットとは違い、落ち着いた光り方をします。既製品の華やかさより、質感や背景を選ぶ感覚がうかがえますね。

アイスランドという場所選びにも、2人らしさが表れています。リゾート地の華やかさではなく、自然そのものが主役になる土地です。のちにチベット・ヒマラヤの文化を軸にしたブランドを立ち上げる2人が、この場所を選んだのは偶然ではないのかもしれません。

スイスの島で挙げた結婚式

結婚式が行われたのは、テンジンさんの母国であるスイスでした。

会場となったのは、スイスのブリッサゴ島です。挙式は2016年5月1日だったと伝えられています。なお、資料によっては2015年に結婚したと記載されており、入籍と挙式で語られ方が分かれている可能性があります。

この結婚式で目を引くのが、衣装です。ウエディングドレスを手がけたのは、2人を引き合わせたフィリップ・リムさんでした。

出会いのきっかけをつくった友人が、そのまま花嫁衣装をデザインする。物語としてこれ以上ない流れですよね。

さらにお色直しでは、テンジンさんのルーツであるチベットの伝統衣装をまとったと伝えられています。西洋のドレスとチベットの民族衣装を1日のなかで着分けるという構成は、2人の背景をそのまま表したものだといえます。

岡本多緒さんは旦那さんについて、「彼のおかげで、ありのままの自分を愛せるようになりました」という趣旨の言葉を残しています。テンジンさんの側も「多緒と一緒にいると、居心地の悪い沈黙なんてない」と語っており、互いへの信頼がうかがえます。

子どもについて公表されたこと

子どもについては、第1子を妊娠していることが公表されています。

この事実が広く知られるきっかけになったのが、カンヌ国際映画祭でした。岡本多緒さんは妊娠中の身でレッドカーペットに立ち、花の刺しゅうとレースをあしらったノースリーブのドレス姿を見せています。

この年、岡本多緒さんは濱口竜介監督の作品『急に具合が悪くなる』でコンペティション部門に選出され、日本人女優として初めてカンヌ国際映画祭の女優賞を受賞しました。公式上映では12分におよぶスタンディングオベーションが起きたと伝えられています。

受賞後、本人はインスタグラムで万感の思いをつづっています。俳優としての大きな節目と、家族が増える時期が重なった形ですね。

岡本多緒さんは2013年の『ウルヴァリン:SAMURAI』でハリウッドデビューし、その後も『ウエストワールド』『マンハント』『ラプラスの魔女』などに出演してきました。モデルから女優へ、そして母となる段階へと、活動の形を変えながら歩んできたことになります。

岡本多緒の旦那と結婚についてまとめ

ここまでの内容を整理します。

  • 旦那はテンジン・ワイルドさん。スイス国籍の編集者・クリエイター
  • スイス人の父とチベット難民の母のもとに生まれた
  • モード誌『ザ・ラスト・マガジン』の共同創刊者兼編集長
  • 『ヴィジョネア』『V』などでの編集経験があり、アートディレクターも務める
  • 2人を引き合わせたのはデザイナーのフィリップ・リムさん
  • プロポーズはアイスランドで、岡本さんの30歳の誕生日に行われた
  • 挙式はスイスのブリッサゴ島。ドレスはフィリップ・リムさんが手がけた
  • 2020年に夫婦でブランド「アボード・オブ・スノウ」を立ち上げた
  • 第1子を妊娠していることを公表している

旦那の正体をたどっていくと、そこにあったのは有名人同士の華やかな組み合わせではなく、同じ業界で別々の役割を担ってきた2人の話でした。

出会いを取り持った友人がドレスを仕立て、夫のルーツがブランドの核になる。岡本多緒さんの結婚は、人と文化のつながりがそのまま形になったような歩みだといえますね。

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