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西伊豆で「電気も水道もない僻地」を世界レベルの高級宿に変えた実業家、高野由之さん。
そのユニークな発想はどこで育まれたのか、学歴に注目する人が増えています。
結論からお伝えすると、高野由之さんの最終学歴は京都大学経済学部です。
しかも、ただの秀才タイプではなく、高校時代には意外な一面もありました。
この記事では、高野由之さんの学歴を出身高校から大学、そして起業までの歩みとあわせて整理していきます。
目次
高野由之の学歴は京都大学経済学部
まずは、高野由之さんがどんな学校で学び、どんな学生だったのかを見ていきましょう。以下に学歴の要点を先にまとめました。
| 生まれ | 1984年・千葉県 |
| 中学・高校 | 渋谷教育学園幕張(中高一貫) |
| 最終学歴 | 京都大学経済学部(現役合格) |
| その後の歩み | 大手メーカー → コンサル → ARTH設立 |
肩書きだけ見ると絵に描いたエリートですが、その中身は少し変わっています。順番に見ていきます。
生まれは千葉県で1984年
高野由之さんは、1984年に千葉県で生まれました。
のちに西伊豆を拠点に事業を興すことになりますが、ルーツは千葉県にあります。都市部にも自然にも近い環境で育ったことが、のちの「自然の中に上質な滞在をつくる」という発想の土台になっていたのかもしれません。
派手なエピソードが語られるタイプではなく、あくまで一人の実業家として、その経歴が静かに注目を集めています。まずは生い立ちの出発点として、千葉県出身という点を押さえておきましょう。
中高一貫の渋谷教育学園幕張で学ぶ
高野由之さんの出身校としてまず挙がるのが、渋谷教育学園幕張中学校・高等学校です。
いわゆる「渋幕」の愛称で知られる、千葉県屈指の進学校です。高野由之さんは、この渋幕の18期生にあたります。中高一貫の環境で6年間を過ごし、多くの卒業生が難関大学へ進むなかで学生時代を送りました。
自由な校風で知られる渋幕は、生徒の主体性を重んじる教育で有名です。決められた枠にはめるのではなく、自分で考えて動く力を育てる校風は、のちに前例のない事業に挑む高野由之さんの姿勢と、どこか重なって見えます。
ただ、高野由之さんの高校時代は、順風満帆の優等生ぶりとは少し違っていたようです。その意外な素顔については、別途くわしく取り上げています。
京都大学経済学部に現役合格
高野由之さんの最終学歴は、京都大学経済学部です。
日本最難関クラスの国立大学に、現役で合格を果たしています。渋幕という進学校から京都大学へ——という流れだけを見れば、まさに絵に描いたようなエリートコースです。
経済学部を選んだことは、のちに実業の世界へ進む高野由之さんにとって、大きな意味を持ちました。ビジネスやお金の仕組みを体系的に学ぶ場は、起業家としての土台づくりに直結していたと考えられます。
もっとも、本人は大学の勉強そのものにどっぷり浸かるタイプではなかったようです。京都という土地で、高野由之さんは机の上の学問とは別のところに情熱を注いでいました。
とはいえ、経済学部で学ぶ需要と供給の考え方や、価値がどう生まれるかという視点は、のちに「誰も見向きもしない場所に価値を見いだす」という事業のヒントになっています。学んだことをそのまま使うのではなく、自分の実感と結びつけて咀嚼していく——そうした学び方こそ、高野由之さんの真骨頂だったのかもしれません。難関大学に合格する力があったからこそ、あえて型破りな道を選ぶ余裕も生まれたと言えそうです。
学業より実体験を優先した大学時代
京都大学に進んだ高野由之さんですが、その学生生活はかなり型破りでした。
在学中はバックパッカーとして世界中を放浪し、さまざまな国の文化や暮らしに触れています。さらに、大阪の正道会館で空手に打ち込むなど、机上の勉強よりも自分の体で世界を知ることを優先していました。
世界を歩いて「本当に美しい場所」を自分の目で確かめた経験は、のちの「世界中の美しい場所に滞在場所をつくる」というビジョンに、まっすぐつながっています。京都大学という看板よりも、この放浪の日々こそが高野由之さんの学びの核心だったのかもしれません。
世界を放浪するなかで、高野由之さんは電気や水道といったインフラが当たり前でない地域の暮らしも数多く見てきたはずです。何もない場所でも人が豊かに過ごせるという実感は、のちに電気も水道も自前でまかなう宿づくりへとつながっていきます。教科書ではなく、自分の足で世界を歩いて得た知見が、そのまま事業のアイデアになっているわけですね。
学歴の高さと、それに収まらない行動力。この二つがそろっていたことが、高野由之さんの特異な発想の源になっていると言えそうです。
高野由之の学歴が事業に生きた歩み
ここからは、京都大学を卒業した高野由之さんが、どのように今の事業へたどり着いたのかを見ていきます。学歴だけでは説明できない回り道こそが、彼の武器になっています。
大手メーカーで過ごした新卒時代
京都大学を卒業した高野由之さんは、まず大手メーカーに就職しました。
配属されたのは販売会社を統轄する部門でしたが、実態としては販売店との付き合いが業務の中心だったと語られています。ゴルフや草野球、飲み会といった接待が日々の多くを占めていたそうです。
難関大学を出て一流企業に入った——という肩書きの上では順調そのものです。しかし高野由之さんは、こうした従来型のサラリーマン文化に強い違和感を覚えていきました。この時期に感じたモヤモヤが、のちの起業の原動力になったと考えられます。
結局、この会社にはおよそ4年半在籍したのち、退職しています。エリートの安定路線をあえて手放したところに、高野由之さんらしさがよく表れていますね。
多くの人なら、難関大学を出て入った大企業のポジションを、そう簡単には手放せません。それでも違和感に正直であろうとした選択が、その後の人生を大きく動かしていきました。学歴という安全網に寄りかからなかったことが、逆に唯一無二のキャリアを生んだとも言えます。
コンサルと事業再生で培った力
大手メーカーを離れたあと、高野由之さんはコンサルタントや事業再生の分野に身を置きました。
経営の立て直しに関わる仕事は、数字を読み、事業の本質を見抜く力が求められる世界です。京都大学経済学部で学んだ知識と、世界を放浪して培った現場感覚が、ここで一つに結びついていきました。
うまくいっていない事業をどう立て直すか、という視点は、のちに「誰も手を出さない僻地を価値ある場所に変える」という発想にも通じています。回り道に見えたこの経験が、実は独自のビジネスモデルの下地になっていたわけです。
学歴で得た理論と、実務で得た経験。その両輪がそろったことで、高野由之さんは自分の会社を興す準備を整えていきました。
仲間とともに株式会社ARTHを設立
2015年、高野由之さんは仲間とともに株式会社ARTH(アース)を設立します。
30代前半での起業でした。翌年には代表取締役CEOに就き、以来、会社の舵取りを続けています。安定した大企業のレールを降りてから起業に至るまで、決して最短距離ではありませんでした。
しかし、その遠回りこそが強みになりました。メーカーで感じた違和感、コンサルで磨いた再生のノウハウ、そして学生時代に世界で見た絶景。そのすべてがARTHという一つの事業に注ぎ込まれています。
学歴という切り口から見ると、京都大学で得たものを社会で試し、自分なりの答えとして会社を立ち上げた——という自然な流れが見えてきます。
西伊豆のオフグリッド高級宿という挑戦
高野由之さんが率いるARTHの代名詞が、西伊豆で展開するオフグリッド型の宿です。
古民家をリノベーションした高級施設や、電気も水道も通っていない僻地に建てた宿など、常識では考えられない場所を上質な滞在空間へと変えてきました。なかでも、水と電気を自前でまかなう宿づくりは大きな注目を集めています。
「電気も水道もない僻地が高級宿になる」という発想は、普通の感覚ではなかなか出てきません。世界中を歩き、事業再生で価値の生み出し方を学んだ高野由之さんだからこそ形にできた挑戦だと言えます。
学歴で培った論理と、放浪で培った美意識。その組み合わせが、唯一無二の宿という形で結実しているのです。
学歴と経歴が育んだ発想力
高野由之さんの歩みをたどると、学歴と経歴が一本の線でつながっていることがわかります。
京都大学経済学部で学んだ理論、世界放浪で磨いた美意識、大手メーカーで感じた違和感、事業再生で培った実行力。この一つひとつが欠けても、今のARTHの事業は生まれなかったはずです。
高学歴でありながら、その肩書きに寄りかからず、自分の足で世界を確かめてきた。だからこそ、誰も価値を見いださなかった場所に光を当てられたのでしょう。学歴は出発点にすぎず、その後の行動こそが人をつくる——高野由之さんの歩みは、そんなことを教えてくれます。
京都大学というブランドは、たしかに世間の信頼を得る力になります。ただ、高野由之さんの場合はそこで満足せず、学びを実践で試し続けたことが最大の強みでした。肩書きを「守るもの」ではなく「使うもの」として捉えている点に、多くのヒントが詰まっているように感じます。
高野由之の学歴についてまとめ
最後に、高野由之さんの学歴について要点を整理します。
- 1984年に千葉県で生まれた
- 中学高校は進学校の渋谷教育学園幕張(18期生)
- 最終学歴は京都大学経済学部で現役合格
- 大学時代は世界を放浪し、空手にも打ち込んだ
- 大手メーカーやコンサルを経て、2015年に株式会社ARTHを設立した
高学歴のエリートでありながら、型にはまらない行動力で独自の道を切りひらいてきた高野由之さん。京都大学という学歴を出発点に、世界を歩いた経験を掛け合わせたことが、西伊豆の唯一無二の宿づくりへとつながりました。これからどんな場所を新たな価値に変えていくのか、その歩みから目が離せませんね。