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坂本美雨さんの家族と聞いて、まず思い浮かぶのは両親の名前でしょう。
父は坂本龍一さん、母は矢野顕子さん。日本の音楽史に名前が残る二人のもとに生まれた人です。
ただ、その家庭は「音楽一家で仲良し」という言葉から想像するものとは、だいぶ形が違いました。両親は長く別居し、兄弟は全員が異父・異母。それでも本人は、家族を否定的には語りません。
この記事では、坂本美雨さんが生まれた家族と、自分でつくった家族の両方を整理していきます。
目次
坂本美雨の家族は音楽一家|父と母と兄弟の構成
まずは、生まれ育った側の家族から見ていきましょう。
- 両親は坂本龍一と矢野顕子
- 両親の結婚と別居の経緯
- 4人兄弟の顔ぶれ
- ニューヨークで過ごした少女時代
- 多忙な親に見せなかった寂しさ
両親は坂本龍一と矢野顕子
坂本美雨さんは1980年5月1日に生まれました。父は「教授」の愛称で知られる音楽家の坂本龍一さん、母はシンガーソングライターの矢野顕子さんです。
どちらも、その分野で第一線を走り続けた人物。父はYMOでの活動や映画音楽で世界的に知られ、母は独創的な歌とピアノで長くファンを惹きつけてきました。
先に、家族の全体像を一覧にしておきます。
| 父 | 坂本龍一さん。音楽家。2023年3月28日に死去 |
| 母 | 矢野顕子さん。シンガーソングライター |
| 両親の婚姻 | 1982年6月25日に入籍。1992年から別居し、2006年に離婚 |
| 兄弟 | 本人を含めて4人(姉・兄・本人・弟) |
| 夫 | 山口博之さん。ブックディレクター・編集者。2014年3月1日に入籍 |
| 子ども | 2015年7月27日に長女が誕生 |
| 本人の活動 | 歌手・ラジオパーソナリティ・執筆・動物愛護活動 |
一覧にすると、両親の側と自分の側で家族が二層になっていることがわかりますね。この記事でも、その二層に分けて追いかけていきます。
両親の結婚と別居の経緯
両親の関係は、順番が少し変わっています。坂本美雨さんが生まれたのは1980年5月ですが、二人が正式に入籍したのは1982年6月25日。子どもが先に生まれ、あとから籍を入れた形です。
父はこの結婚について、矢野顕子さんの才能を守るためだったという趣旨のことを語っています。前の結婚で「音楽家をやめて家庭に専念すること」を迫られた経験を知っていたため、自由に音楽を続けさせようと考えたそうです。
同業の音楽家夫婦らしく、家の中では議論が絶えなかったといいます。政治や経済、宗教、文化まで話題は幅広く、「ほんとによくしゃべります」と語られるほどでした。
家計は母が握り、父には小遣いが渡されていたというエピソードも残っています。父の担当は皿洗いや皿拭き、看病。作れる料理は山芋のお好み焼きだけだったそうです。
ただし、この暮らしは長くは続きませんでした。1992年から別居に入り、離婚が成立したのは2006年です。実に14年にわたる別居期間があったことになります。
4人兄弟の顔ぶれ
兄弟の人数は、本人がラジオで明かしています。「私たち4人兄弟なんですけれども上に姉と兄がいて、私は坂本の次女、音央さんは末っ子」という説明です。
上から順に、姉・兄・本人・弟という並び。ここで独特なのは、4人とも父か母のどちらか一方だけが同じという点です。
姉は、父が東京藝術大学に在学していたころの結婚で生まれた長女。一般の方で、氏名も職業も公表されていません。
兄は矢野風太さん。母と最初の夫である音楽プロデューサー・矢野誠さんとの間に、1975年に生まれています。芸能活動はしておらず、客室乗務員として働いていると伝えられています。
弟は映像作家の空音央さん。1991年にニューヨークで生まれ、ドキュメンタリー『Ryuichi Sakamoto|Opus』や長編劇映画『HAPPYEND』を手がけました。
4人がそろって同じ家で暮らした時期は、一度もありません。坂本美雨さんが姉と弟の存在を知ったのも13歳のころで、父から打ち明けられて初めて把握したといいます。弟と本格的に交流が始まったのは大人になってからでした。
ニューヨークで過ごした少女時代
一家がアメリカのニューヨーク州へ移り住んだのは1990年でした。坂本美雨さんが9歳のころのことです。
転入先の学校にはコーラス部があり、そこでハーモニーをつくる喜びに目覚めたと本人が振り返っています。高校では美術を専攻し、1999年に卒業しました。英語と日本語のバイリンガルとして育っています。
一方で、この移住が家族の形を変えていきます。父は仕事で不在がちになり、やがて別居状態へ。本人はその流れを「見事なフェードアウト」と表現しました。
父の育児方針は、子どもを「同居者」として扱うというものでした。マナーには厳しかったものの、進路については完全に放任。「子どもなんて不良になってもかまわない」という立場だったといいます。
対する母は、子育てを創造性が要る行為と捉えていました。兄の風太さんが中学へ進む時期には、活動を一時休止して家庭に軸足を置いています。
父との関係が変わったのは1994年でした。ロンドンとパリで一緒に過ごした時間を、坂本美雨さんは「出会いなおしたような感覚」と表現しています。離れて暮らしたからこそ、親子として組み直せた面もあったのでしょう。
多忙な親に見せなかった寂しさ
両親がともに多忙だったため、坂本美雨さんは寂しさを口に出せずに育ちました。その体験から、「個々で立っている家族」という形を知ったと語っています。
歌手になりたいと伝えるときも、簡単ではありませんでした。「音楽をやりたいです」と言うのはすごく怖かったと明かし、家族でテーブルを囲んで話し合ったといいます。
このとき味方についたのは父のほうでした。デビューのきっかけをつくった張本人だったため、「教授と私VS矢野さん」という構図になったそうです。
母の反対は本気でした。デビュー時のポスターに寄せたコピーが「私は反対でした」というもので、甘い世界ではない、才能がないと生き延びられない、と言われ続けたといいます。
歌手デビューは1997年1月29日、「Sister M」名義でのことでした。父の楽曲に招かれる形での参加で、本人も一曲だけのつもりだったといいます。翌1998年11月には本名でメジャーデビューを果たしました。
その母から「まあ、よかった」という言葉が届いたのは、デビューから25年を経てからでした。厳しさの裏側にあったものが、時間をかけて伝わった瞬間だったのでしょう。
坂本美雨がつくった家族|夫と娘との暮らし
ここからは、自分で築いた家族のほうを見ていきます。
- 夫はブックディレクター
- 小学生になった娘との日々
- 愛猫サバ美と過ごした時間
- 一緒に生きているという距離感
- 坂本美雨の家族についてまとめ
夫はブックディレクター
坂本美雨さんが結婚したのは2014年3月1日です。相手は山口博之さんで、ブックディレクター・編集者として仕事をしている方です。
ブックディレクターは、店舗や施設に置く本を選び、空間ごと編集していく仕事。音楽とは違う分野ですが、言葉や表現を扱うという点では地続きの世界といえます。
夫婦での取材に応じることもあり、家族についての考え方を並んで語る場面も見られます。芸能人同士の結婚とは違い、表舞台に立つのは坂本美雨さんの側だけという形が続いてきました。
一般の方であるため、経歴や生活の細部まで公にされているわけではありません。それでも夫婦で発信を重ねてきたぶん、閉ざされた印象は受けない距離感です。
入籍の報告は、当時からパーソナリティを務めていたラジオ番組で本人の口から伝えられました。音楽ニュースでも取り上げられ、祝福のコメントが並んだのを覚えている方もいるでしょう。
両親の結婚が「音楽家同士」だったのに対し、自分の結婚は少し違う組み合わせを選んだ。そう見ると、家族のつくり方にも本人なりの意思が感じられます。
小学生になった娘との日々
2015年7月27日、坂本美雨さんは長女を出産しました。帝王切開での出産だったことを本人が公表しています。
この娘さんは、生後2カ月のころから母親の仕事場に連れていかれていました。新しい環境や知らない大人と会うことに慣れているのは、その積み重ねがあってのことでしょう。小学校へ入学したのは2022年4月です。
子育てで大事にしているのは、言葉で説明するより現場を見せること。母親が何を信じ、何のために活動しているのかを、ライブの現場で伝えようとしていると語っています。
食生活についても構えすぎません。1週間単位で栄養バランスが取れていればよしとする程度で、好物はお母さんの料理ではなくラーメンだといいます。
娘さんの性格については、深い優しさを持ちながら素直になれず、伝え方が不器用なところがあると本人が語っています。手放しにほめるでもなく、欠点を隠すでもない。ひとりの人間として観察している目線です。
掲げているのは「いいかげんでも、楽しいほうがいい」という方針。多忙な親のもとで寂しさを飲み込んだ経験があるからこそ、たどり着いた形なのかもしれません。
愛猫サバ美と過ごした時間
坂本美雨さんの家族を語るとき、猫の存在を外すことはできません。長く一緒に暮らした愛猫「サバ美」は、家族の一員として何度もメディアに登場してきました。
その最期を看取った経験は、雑誌のインタビューや連載でくり返し語られています。悲しみを隠さずに言葉にしてきた姿勢が、多くの読者の共感を呼びました。
動物愛護の活動に取り組んでいることも、この暮らしと無関係ではありません。音楽と並ぶ活動の柱として、保護猫をめぐる発信を続けています。
娘さんにとっても、猫と過ごす時間は日常そのものでした。人間だけで家族を数えない感覚が、この家庭には根づいているといえます。
保護猫の譲渡会に足を運んだり、動物をめぐる制度の話題を発信したり。芸能人が趣味の延長で関わる範囲を超えて、活動として続けてきた点も特徴です。
別れを経験してもなお、動物と暮らすことをやめない。そこにこの人の家族観がよく表れていますよね。
一緒に生きているという距離感
坂本美雨さんが掲げる家族の理想は、かなりはっきりしています。「家族である前に、一個人であり、お互い尊敬し合ったうえで、感謝を伝え合う」という形です。
わかり合えないままでもつながっていられる距離感を大切にしており、ベタベタした関係は志向していません。娘さんについても「別の人格を持った、コントロールできない独立した人間」と捉えています。
この考え方を一言でまとめたのが、「ただ、一緒に生きている」という表現でした。著書のタイトルにもなっているこの言葉は、生まれた家族と自分の家族の両方に通じています。
多忙な両親のもとで「個々で立っている家族」を体験し、それを否定するのではなく、自分なりに引き受けた。そういう受け止め方といえるでしょう。
父の坂本龍一さんが亡くなったのは2023年3月28日です。父を記録した弟の作品を「身内だからではなくて素晴らしい」と評したのも、この距離感があってこその言葉でした。
坂本美雨の家族についてまとめ
坂本美雨さんの家族について、要点を整理しておきます。
- 父は音楽家の坂本龍一さん、母はシンガーソングライターの矢野顕子さん
- 両親は1982年6月25日に入籍し、1992年から別居。2006年に離婚した
- 兄弟は本人を含めて4人で、全員が父か母のどちらか一方だけが同じ
- 1990年に一家でニューヨークへ移住し、高校では美術を専攻した
- 母はデビューに強く反対したが、25年を経て「まあ、よかった」と伝わった
- 夫はブックディレクターの山口博之さん。2014年3月1日に入籍している
- 2015年7月27日に長女が誕生。愛猫サバ美とも長く暮らした
- 家族観は「家族である前に、一個人」「ただ、一緒に生きている」
音楽の巨人を両親に持ちながら、寄りかからずに自分の家族をつくってきた人です。
近くにいすぎない。その選び方が、この一家の答えなのでしょう。
