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今井翼さんと岐阜県の多治見。この2つがなぜ結びつくのか、気になって検索された方が多いのではないでしょうか。
先にお伝えすると、多治見は今井翼さんの出身地ではありません。祖父のお墓がある土地です。
今井翼さんは年に何度か多治見を訪れ、お墓の掃除をして手を合わせています。そのことを自身のラジオ番組で語ってきました。
この記事では、多治見との関係とお墓参りについての発言を、確認できる範囲で整理していきます。
目次
今井翼と多治見の関係は祖父の墓|出身地ではないという前提
まずは、多治見が今井翼さんにとってどんな場所なのかを整理します。
- 出身は神奈川県藤沢市
- 多治見にあるのは祖父の墓
- ラジオで語られた墓参り
- 訪れる頻度は年に何度か
- 名古屋を経由して向かう
出身は神奈川県藤沢市
今井翼さんは1981年10月17日生まれで、神奈川県藤沢市の出身です。
先に、多治見との関係について分かっていることを一覧にしておきます。
| 生年月日 | 1981年10月17日 |
| 出身地 | 神奈川県藤沢市(多治見ではない) |
| 多治見との関係 | 祖父のお墓がある土地 |
| 語られた場所 | 自身のラジオ番組『今井翼のtobase♪』 |
| 訪問頻度 | 本人が「年に何回か」と発言 |
| 訪問の時期 | 年末年始や春先の訪問が確認されている |
| 移動ルート | 名古屋を経由して多治見へ |
| 墓所の場所 | 多治見市内。寺院名などは非公表 |
| 祖父について | 野球好きになった原点として別途語られている |
まず押さえておきたいのが、多治見が出身地ではないという点です。ここを取り違えている記事も見かけますが、今井翼さんが生まれ育ったのは神奈川県藤沢市です。
湘南のイメージが強い土地で育った人と、焼き物の街として知られる岐阜県多治見市。この2つが結びつくのは、家族のルーツをたどったときだけです。
なぜ多治見なのか。答えは祖父にあります。今井翼さんの祖父のお墓が多治見にあり、そこへお参りに行くという習慣が続いているのです。
つまり「今井翼 多治見」という検索は、出身地を調べる検索ではなく、家族との縁をたどる検索だということになります。
多治見にあるのは祖父の墓
多治見にあるのは、今井翼さんの祖父が眠るお墓です。
この事実は、今井翼さん本人がラジオ番組で話しています。第三者の報道や噂ではなく、本人の言葉として残っているという点が重要です。
ただし、どのお寺なのか、多治見市内のどこにあるのかまでは明かされていません。当然といえば当然で、場所が特定されればお墓に人が押し寄せる事態にもなりかねません。
この記事でも、所在地は「多治見市内」以上には踏み込まないことにします。
祖父がどのような人物だったのかについても、多治見との関わりで語られた記録は見当たりません。祖父の代がこの土地に縁を持っていた、というところまでが確認できる範囲です。
家族のルーツというのは、本人が語らなければ外からは分からないものです。今井翼さんが自分から多治見の名前を出したからこそ、この土地との縁が知られるようになりました。
ラジオで語られた墓参り
多治見の話が出てくるのは、今井翼さん自身のラジオ番組『今井翼のtobase♪』です。
12月21日の放送回で、年末の過ごし方として神社への参拝と多治見のお墓参りについて語っています。年の終わりに一年を振り返る流れのなかで出てきた話でした。
なかでも印象に残るのが、この言葉です。
お墓掃除してるときっていうのは一番自分自身がなんかこう、気持ちよく、なれるっていうか。
参拝という行為そのものより、お墓を掃除している時間に心が整うと語っているわけです。手を合わせる前の、地道な作業のほうに意味を見出しているところが独特ですよね。
もうひとつ語られていたのが、お礼参りについての考え方です。何かを始めたなら、ちゃんとお礼に行くべきだという趣旨の話をしています。
願いを届けに行くのではなく、感謝を伝えに行く。祖父のお墓へ足を運び続けている理由も、この感覚と地続きなのだろうと感じられます。
訪れる頻度は年に何度か
どのくらいの頻度で多治見を訪れているのか。本人は「年に何回か」と述べています。
具体的な回数までは語られていませんが、これを正月・お盆・命日と推測して「年3回程度ではないか」と書いている個人ブログもあります。ただし、これは推測であって確認された情報ではありません。
はっきりしているのは、訪問が一度きりの出来事ではなく、継続している習慣だということです。
実際の訪問については、いくつかの時期が確認されています。2019年11月頃、2020年1月、2023年1月、2023年4月といった記録が残っています。
並べてみると、年始に行くことが多い一方で、春や秋にも足を運んでいることが分かります。特定の日にちに縛られず、時間ができたときに向かっているのかもしれません。
芸能活動を続けながら、遠方のお墓へ年に何度も通う。これは意識して続けなければできないことです。
名古屋を経由して向かう
多治見への行き方についても、本人が触れています。
名古屋を経由して多治見まで行く、という説明です。東京から向かう場合、新幹線で名古屋に入り、そこからJR中央線に乗り換えるルートが一般的です。
多治見市は岐阜県の南東部にあり、名古屋からは電車で40分ほどの距離にあります。愛知県との県境に近く、名古屋圏の生活圏に含まれる街です。
東京からだと、片道でおおむね3時間前後かかる計算になります。日帰りできない距離ではありませんが、気軽に立ち寄れる場所でもありません。
それでも年に何度か通っているというのは、やはり相応の思い入れがあるからでしょう。
今井翼が多治見への墓参りを続ける背景|祖父と家族への向き合い方
ここからは、お墓参りを大切にしている背景を見ていきます。
- 祖父との思い出として残るもの
- スコアボードを書いていた祖父
- 活動休止を経て変わった時間
- 多治見が特別であり続ける理由
- 今井翼と多治見についてまとめ
祖父との思い出として残るもの
今井翼さんが祖父について語る場面は、そう多くありません。
それでも多治見の話が繰り返し出てくるのは、祖父との縁が今も生活のなかに残っているからだと考えられます。お墓参りという形で、関係が現在進行形で続いているわけです。
亡くなった人との関係は、そこで止まってしまうものだと思われがちです。けれど今井翼さんの場合、年に何度か多治見へ向かい、墓石を洗い、手を合わせるという行為によって関係が更新されていきます。
ラジオで語られた「お墓掃除しているときが一番気持ちよくなれる」という言葉は、その更新の実感を言い表したものなのでしょう。
祖父の名前や職業、命日といった個人情報は公表されていません。この記事でもそこには踏み込みませんが、語られている範囲だけでも十分に伝わるものがあります。
スコアボードを書いていた祖父
祖父について、多治見とは別の文脈で残っている記録もあります。
日本語版のWikipediaには、今井翼さんが野球好きになった理由として祖父の存在が挙げられています。平塚球場でスコアボードのネームプレートを書く仕事をしていた祖父の影響だという記述です。
平塚は神奈川県の街で、今井翼さんの出身地である藤沢市の隣に位置します。多治見とは離れた土地の話です。
そのため、この祖父と多治見にお墓がある祖父が同一人物なのかどうかは、確認できていません。父方と母方で2人の祖父がいる以上、別々の人物である可能性も十分にあります。
ここは断定せずにおくのが正確でしょう。ただ、どちらの祖父についても今井翼さんが自分の言葉で語っているという点は共通しています。
球場で手書きの名前を並べていた祖父。そして多治見に眠る祖父。世代を超えて受け取ったものが、今も本人のなかに残っているということですね。
活動休止を経て変わった時間
今井翼さんのキャリアには、大きな中断がありました。
2018年、体調を理由に所属していた事務所を退所しています。その際には心身の健康を最優先したいという趣旨の発表がなされました。それ以前の2014年にも、体調不良による活動休止を経験しています。
第一線で走り続けてきた人が、一度立ち止まる時間を持ったわけです。
こうした経験を経た後の言葉として「お墓掃除しているときが一番気持ちよくなれる」を読むと、受け取り方が変わってきます。派手さのない、静かで手を動かす時間に価値を置く感覚。それは休養を経た人ならではのものかもしれません。
現在は松竹エンタテインメントに所属し、舞台を中心に活動を続けています。公式ファンクラブも運営しています。
活動の形は変わりましたが、多治見へ通う習慣は変わらず続いている。そこに一貫したものを感じます。
多治見が特別であり続ける理由
多治見は、今井翼さんにとって仕事の場所ではありません。
コンサートを開いた土地でも、ドラマの撮影地でもありません。ファンに会いに行く場所でもない。ただ、家族が眠っている場所です。
だからこそ、この土地の名前が出てくるとき、そこには芸能人としての今井翼さんではなく、ひとりの孫としての姿が見えてきます。
年に何度か、東京から3時間近くかけて岐阜の街へ向かう。墓石を洗い、水をかけ、手を合わせる。番組で語られたのは、それだけのことです。
けれど「それだけのこと」を何年も続けている人はそう多くありません。多治見という地名がファンの間で記憶されているのは、その継続があるからでしょう。
なお、多治見市は美濃焼の産地として知られる街でもあります。今井翼さんが焼き物に触れたという話は確認できませんが、訪れる街の風景として頭に置いておくと、この土地への想像も広がりますね。
今井翼と多治見についてまとめ
今井翼さんと多治見の関係について、分かっていることを整理します。
- 多治見は出身地ではない。今井翼さんの出身は神奈川県藤沢市
- 多治見にあるのは祖父のお墓。本人がラジオ『今井翼のtobase♪』で語っている
- 訪問頻度は本人の言葉で「年に何回か」。年末年始のほか春先の訪問も確認されている
- 移動は名古屋を経由し、そこからJR中央線で多治見へ向かうルート
- 「お墓掃除しているときが一番気持ちよくなれる」と本人が語っている
- 何かを始めたらお礼参りをすべきという考えも同じ番組で述べている
- 墓所の寺院名や祖父の氏名は公表されていない
- 野球好きの原点として語られる祖父は平塚球場に関わる人物で、多治見の祖父と同一かは未確認
調べていくと、多治見という土地そのものより「通い続けている」という事実のほうが印象に残ります。
年に何度か、遠くの街まで足を運んで墓石を洗う。その時間が一番気持ちよくなれると語れる人は、そう多くないはずです。今井翼さんという人を知るうえで、この習慣は意外なほど多くを語っているように思えます。

