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Kis-My-Ft2のメンバーで、料理や俳句、数々の資格でも知られる横尾渉さん。どんな実家で育ち、どんな家族がいるのか気になる方も多いのではないでしょうか。
横尾渉さんの実家について公表されているのは「神奈川県出身」までで、本人は子供の頃に「マンモス団地」に住んでいたと語っています。
家族は両親と2人の兄です。芸能界に入ったきっかけも、和食の腕前も、実家の家族とのつながりから生まれたものでした。
この記事では、横尾渉さんの実家と家族について、本人の言葉や報道をもとに整理します。
目次
横尾渉の実家はどこ?家族構成と育った環境
- 実家の場所と家族構成
- 育ったのはマンモス団地
- 実家は金持ち?父の職業は
- 母から覚えた和食の味
- 実家の老犬と両親への思い
まずは、実家の場所や家族構成、子供の頃の暮らしぶりから見ていきます。
実家の場所と家族構成
横尾渉さんは1986年5月16日生まれ、神奈川県出身です。2001年2月4日に当時のジャニーズ事務所へ入所し、2011年8月10日にKis-My-Ft2のメンバーとして「Everybody Go」でCDデビューしました。身長は177cmです。
実家と家族について分かっていることを、先に一覧にしておきます。
| 出身地 | 神奈川県(公式プロフィール) |
| 実家の市区町村 | 公表されていない |
| 子供の頃の住まい | 「マンモス団地」と本人が語っている |
| 家族構成 | 父・母・兄2人・本人(三男) |
| 兄との年の差 | 5つ上と3つ上 |
| 父の職業 | 公表されていない |
| 実家のペット | 犬(何匹も飼ってきた) |
所属事務所の公式プロフィールに載っているのは、生年月日と「神奈川県出身」、血液型のA型です。雑誌『Myojo』のプロフィール欄も「神奈川県出身」、スポーツ紙のインタビュー記事も「神奈川県生まれ」という書き方でした。市や区、町の名前は、事務所からも本人からも公表されていません。
インターネット上には実家の地名や出身校の名前を挙げる記事も見られますが、本人の発言や大手の報道では確認できませんでした。
高校については、記事によって校名が食い違っているほどです。この記事では、裏付けのない地名や校名は取り上げず、本人が語った範囲の話を中心にお伝えします。
家族構成は、父、母、2人の兄、そして横尾さんの5人です。雑誌『Myojo』のロングインタビュー(2013年5月号掲載)で兄弟について聞かれた横尾さんは、「兄がふたり、5才上と3才上です」と答えています。
3人兄弟の末っ子で、三男にあたります。両親や兄たちは一般の方で、名前や勤め先などは本人からも事務所からも公表されていません。
実家では長く犬を飼ってきました。その犬をめぐる話は、このあとの見出しであらためて紹介します。
公表されている情報は多くありませんが、本人が番組やインタビューで語った家族の話はいくつも残っています。ここからは、その中身を順番に見ていきます。
育ったのはマンモス団地
子供の頃の住まいについて、横尾さんは『Myojo』のインタビューでこう話しています。
「マンモス団地に住んでたんで、兄だけじゃなくて、近所の年下のコも上のコも、みんなが兄弟みたいな感じで遊んでました」。
横尾さんが育ったのは、同じ年頃の子供が大勢暮らす大きな団地でした。
2人の兄だけでなく、近所の年上の子や年下の子とも一緒になって遊ぶ毎日だったことが分かります。グループでは「キスマイのお母さん」と呼ばれるほど面倒見のよい横尾さんですが、大勢の子供に囲まれて育った経験が土台にあるのかもしれません。
小学生の頃の自分については「目立ちたいコでした。なんでもいちばんになりたいコ。運動会のリレーは絶対にアンカーがいいとか」と振り返っています。
運動が得意で、足も速かったようです。インタビューでは「正直、小学校高学年くらいまではモテたと思います。“足が速いとカッコいい”って年ごろだし」と笑いを交えて話しました。団地の子供たちの中でも、先頭を走りたがる活発な男の子だった様子が伝わってきます。
小さい頃の夢を聞かれると、「時代劇が好きだったんで、暴れん坊将軍になりたかった(笑)」と答えました。小学生になると甲子園に行きたくて野球を始め、中学の頃はとにかくスポーツ選手になりたかったそうです。芸能人になりたいと思ったことは「まったく」なかったといいます。
中学ではサッカー部に入りました。理由は「練習を見学したら、いちばんマジメにやってる部活がサッカー部だったんで」。
1年生で最初にユニホームをもらったのが横尾さんで、「同級生も上級生もいい人が多くて」みんなが応援してくれたため、もっとうまくならなければと毎日部活に明け暮れたと語っています。事務所に入ってからも、しばらくは部活中心の生活が続きました。
団地の仲間と走り回り、スポーツに打ち込んだ少年時代でした。のちにアイドルになるとは、本人もまったく考えていなかったことになります。
実家は金持ち?父の職業は
横尾さんの名前を検索すると、「実家は金持ち」という言葉が一緒に出てきます。ただ、実家が裕福だと示す公式な情報や本人の発言は見つかりませんでした。
本人が語っている子供時代の住まいは、先ほど紹介した「マンモス団地」です。豪邸で育ったという話ではなく、近所の子供たちと兄弟のように遊んだという、ごく身近な暮らしぶりが語られています。後半で紹介するオーディションの日に、こづかいをもらって喜んでついて行ったという話も、ふつうの中学生らしい一面です。
父親の職業も公表されていません。インターネット上には、会社を経営しているといった話や、父親の人柄にまつわる話も出回っていますが、本人の発言や大手の報道では裏付けを確認できませんでした。
父親について横尾さん本人が公に話している内容は多くありません。確認できたのは、後で紹介する実家の犬の話のなかで父親と母親の役に立ちたいという思いを明かしたことと、デビューが発表されたコンサートに家族が来ていたと語ったことくらいです。
「金持ち」という言葉が広まった背景には、週刊誌の報道もあるとみられます。2023年2月、『週刊女性PRIME』が、横尾さんが2021年に個人会社を設立していたことや、一軒家を建設中であることを報じました。
ただし、これは本人や事務所が発表した内容ではありません。同誌の取材に応じた母親は、会社について「節税対策のために事務所からアドバイスをいただいて設立したもの」と説明し、事務所の許可も得ていると話したと伝えられています。
また、これらは横尾さん自身の仕事や暮らしについての報道で、実家が裕福かどうかを示すものではありません。インターネット上には年収の推定額を挙げる記事もありますが、根拠は示されていませんでした。
収入や資産の額は公表されておらず、実家の暮らし向きを数字で語れる材料もありません。「実家が金持ち」という話は、確認できる事実というより、活躍ぶりから広がった印象に近いものといえそうです。
母から覚えた和食の味
「料理番長」とも呼ばれる横尾さんの料理の原点は、実家の台所にあります。
2024年4月に放送・配信されたWOWOWの特別番組のインタビューで、横尾さんは和食についてこう語りました。
「和食は気づいたら出来ていたというか。母親が作っていた料理を見て覚えていたので、勿論チャーハンなどの中華や、パスタとかもありましたが基本和食ですね。母親から作ってもらったことがない料理が未知の世界」。
横尾さんの和食は、母親が台所に立つ姿を見て自然に身についたものでした。
教室で習ったのではなく、家のごはんを見て覚えたというのが横尾さんらしいところです。実家の食卓には和食を中心に、チャーハンやパスタも並んでいたことが分かります。
同じインタビューでは、これから身につけたい料理として「オーブン料理とフレンチとスイーツ」を挙げました。母親が作らなかった料理は、本人にとって新しい挑戦のようです。
2023年1月18日放送のNHK『あさイチ』では、母親がよく作ってくれた料理として「さわら☆みそバター焼き」を披露したと、番組の内容を伝えるウェブマガジン『あたらしい日日』で紹介されています。みそとバターに酢を合わせる、さっぱりした味つけの魚料理です。
同じ記事には、小さい頃から母親に料理を学んだことが、料理を好きになるきっかけだったとも書かれています。2023年4月には、同じ番組の料理コーナーへのレギュラー出演も始まりました。
母親の料理は、俳句の世界にも顔を出しています。スポーツ報知のインタビュー(2023年6月)によると、俳句の作り方に悩んでいたとき、番組で添削を担当する夏井いつきさんは横尾さんのマネジャーに好きな食べ物を聞き、こう助言したそうです。
「エビフライで5文字、母が作ったで7文字。はい、あと季語入れれば完成!」。好きな食べ物と母親の手料理が、そのまま一句の材料になるという話でした。実家の味は、料理だけでなく言葉の仕事でも横尾さんを支えているといえそうです。
実家の老犬と両親への思い
横尾さんの実家の話に欠かせないのが、犬の存在です。
2023年5月10日放送のラジオ『Kis-My-Ft2 キスマイRadio』で、横尾さんはその年の2月から3月ごろに「ペットの終活アドバイザー」という資格を取ったと明かしました。ペットを亡くした人の心のケアをしたり、別れが近いと感じている飼い主の相談に乗ったりするための資格だと説明しています。
取得した理由のひとつが実家でした。横尾さんは「実家のワンちゃんも老犬」だと話し、続けてこう語っています。
「実家の子が最後の子。前にいた子達が亡くなった時は他の子がいたから(両親は)ロスにならなかったけど、今回最後の子なのでちょっと不安」。
実家の老犬を見送る日が来たとき、両親の支えになりたいという思いが、資格を取る理由になっていました。
この言葉からは、実家でこれまでに何匹もの犬と暮らしてきたことも分かります。犬を見送るたびに、残った犬が両親の心を支えてきたのでしょう。その支えがなくなる日を、離れて暮らす息子として心配していたわけです。
横尾さん自身も動物と暮らしてきました。同じ放送では、自分も高齢のペットを飼っており、自身がペットロスにならないようにしたいとも話しました。2025年12月の番組出演時のコメントでは「僕は犬とキツネと暮らしているのですが」と明かしています。
動物に関する資格はこれだけではありません。ペット介護士の資格を持っていたことから、2015年10月にはペット情報番組『ペットの王国 ワンだランド』のレギュラーに起用されました。単独でのレギュラー番組は、これが初めてでした。
そのとき横尾さんは「ペットを人間の都合だけで飼ったりしてはいけないという思いがあります」とコメントしています。2023年のラジオでは、トリマーの資格も勉強していて「もうちょっとで取れるかな」と話しました。実家の犬たちと過ごした時間が、動物に向き合う姿勢の根っこにあるのかもしれません。
横尾渉の実家と兄たち|入所のきっかけと家族の支え
- 兄は5つ上と3つ上の2人
- 次兄に連れられた入所試験
- 兄から託された芸能界の夢
- デビューと結婚を見守る家族
- 横尾渉の実家まとめ
ここからは、2人の兄との関係と、家族が横尾さんの芸能生活にどう関わってきたのかを見ていきます。
兄は5つ上と3つ上の2人
横尾さんには兄が2人います。上の兄が5つ上、下の兄が3つ上で、横尾さんは三男です。
とくに下の兄は、学生時代から目立つ存在だったようです。『Myojo』のインタビューで横尾さんは「兄ちゃんカッコいいんですよ。学生時代にファンクラブがあったくらいで」と話しています。
小学校の高学年まではモテたという横尾さんですが、その後は「全部、兄に持ってかれました」と明かしています。もっとも、「俺的には俺のほうがカッコいいと思ってますけど(笑)」と付け加えるのも忘れていません。
バレンタインにチョコレートをもらって「ありがとう」と言ったら、「ちがう、ちがう。お兄ちゃんに」と返されたこともあったそうです。2018年6月に出演した情報番組『PON!』でも、兄について「僕よりモテてましたね」と明かしました。
2人の兄は、大人になってからも頼りにしてきた存在です。2024年1月3日放送のラジオ『Kis-My-Ft2 キスマイRadio』では、兄弟の話題になりました。
横尾さんは三男であることの良さを「悪いことも良いこともお手本がもう見えてるから、何でもスムーズ」と説明し、兄たちについて「今でも頼るし、頭上がんない」と語っています。
一緒に出演していた藤ヶ谷太輔さんからは、「三男坊になって急に甘えてくる時ある」と明かされる場面もありました。グループでは年長でしっかり者の横尾さんも、根っこは末っ子ということでしょう。
兄の存在は、身につける物にも表れています。2023年10月のラジオでは、リハーサル映像でかぶっていたキャップについて「“W”じゃなくて、“WY”って書いてあります。あれはお兄ちゃんが作ってくれました」と話しました。
兄たちの仕事について横尾さんが語っているのは、下の兄が「美容師になるって夢」を持ったというところまでです。名前や勤め先は公表されていません。インターネット上には上の兄の職業を挙げる記事もありますが、本人の発言や大手の報道では確認できませんでした。
次兄に連れられた入所試験
横尾さんが芸能界に入ったきっかけは、3つ上の兄でした。中学2年生のとき、部活少年だった横尾さんは兄に突然誘われます。
「次男に突然、“フットサルやるから、今日つき合え”って誘われて」。部活があるからと断ると、母親まで「たまにはお兄ちゃんの誘いに乗ってあげなよ」という調子だったそうです。
ふだんは部活を休みたいと言うと怒る母親が、この日は背中を押しました。こづかいまでもらえたので「ラッキー」とついて行ったと、横尾さんは振り返っています。
着いた先は渋谷でした。大きな建物に入り、通されたのがふつうの部屋だったので「兄ちゃん、だました?」と聞くと、返ってきた答えは「うん、だました。これ、ジャニーズのオーディション」。
フットサルだと思ってついて行った先が、事務所のオーディション会場だったのです。
兄は横尾さんの履歴書を本人に黙って送っていました。会場では受付の人にすすめられ、兄も一緒にオーディションを受けることになります。2018年の情報番組『PON!』でもこの日のことを語っており、「本当わけわかんなくて」と、先輩のダンスを見よう見まねで踊ったと振り返りました。
初めてのダンスに戸惑っていた横尾さんが別のスタジオでの撮影から戻ると、兄は食堂で大人と親しそうに話し込んでいました。その相手が、当時の事務所の社長でした。帰り際に「キミのお兄ちゃん、いいコだね」と言われた横尾さんは、自分は落ちて兄が受かったのだと思ったそうです。
ところが後日、連絡が来たのは横尾さんのほうでした。こうして2001年2月4日、横尾さんは事務所に入所します。同じ日に入所した仲間には、のちに同じグループになる宮田俊哉さんと二階堂高嗣さんがいました。
入所後もしばらくは芸能界に興味が持てず、レッスンを休んでばかりいたといいます。
そんなある日、部活を終えた横尾さんに母親から電話が入りました。社長から電話があったので、かけ直すようにという内容でした。そこから取材やレッスンに顔を出すようになったと語っています。
兄から託された芸能界の夢
なぜ兄は、弟をオーディションに連れて行ったのでしょうか。『Myojo』のインタビューで、横尾さんはその理由を明かしています。
「兄ちゃん、芸能活動やってたこと少しあって。でも、美容師になるって夢ができてやめた」。兄の経験はエキストラくらいで、その先の世界を見てみたかったのだといいます。
そして弟にこう言いました。「じゃ、おまえ、この先を見てきて俺に教えてくれ。俺の昔の夢をおまえに託す」。
横尾さんの芸能生活は、美容師の道を選んだ兄の夢を引き継ぐかたちで始まったのです。
横尾さんは当時を「最初、僕は自分のためじゃない。兄のためにやってたんです」と振り返っています。
社長も兄のことを気に入っていました。2019年9月のラジオで横尾さんが明かしたところによると、社長は付き添いの兄にも受けるよう声をかけましたが、兄は「僕はやりたいことを決めているので、弟に託したい。弟を見守っててください」と断ったそうです。
社長の返事は「じゃあ、僕はずっと弟の面倒を見てあげるよ」。横尾さんは「元々、ジャニーズに入るのは僕じゃなかったんですよ。お兄ちゃんなんです」と振り返り、兄については「不思議なお兄ちゃんです。周りから“仏”って言われてます」と話しました。
もっとも、兄の夢を背負う日々は楽ではありませんでした。辞めたい気持ちが強くなったとき、横尾さんが兄に「もういい?」と尋ねると、兄は「別にいいよ。好きなことやりなよ。俺にやらされてると思わせてたなら、ごめんな」と答えたといいます。
その「ごめんな」という言葉にかえって火がつき、ここで逃げるわけにはいかないと続ける道を選んだと、横尾さんは語っています。
歌については、兄から厳しい言葉をもらうこともあるようです。2018年の『PON!』では、兄から「横尾家全員が歌下手だと思われたくない」と言われると明かしました。兄は歌がとても上手で、「一緒にカラオケ行くと、キスマイの曲歌ってくれて『これが歌だからな』ってよく言われる」そうです。
デビューと結婚を見守る家族
2011年、コンサートの最中にKis-My-Ft2のCDデビューが発表されました。その客席には、横尾さんの家族もいました。
「ちょうど、家族もコンサートに来てて。ほかのメンバーの親は泣いてるんです。うちの家族だけ満面の笑みで。特に、次男が“よかったな”みたいに笑ってるのが、ステージ上から見えて」。
夢を託した兄が客席で笑っている姿を、横尾さんはステージの上から見ていました。
涙ではなく満面の笑みで喜ぶところに、横尾家の雰囲気が表れています。2019年のラジオを伝えた記事でも、デビューのとき兄がとても喜んでいたと紹介されました。
ただ、デビューが決まった当時の横尾さんは、まだ気持ちが定まっていなかったといいます。自分を変えようと決めたとき、頭に浮かんだのは「メンバーの顔、先輩たちの顔、家族の顔」、そして誰よりデビューを喜んでくれたファンの顔だったと語っています。
家族の存在は、仕事に向き合う姿勢にもつながっています。俳句の番組に出ることが決まったとき、横尾さんは分からないなりに句集を読みあさったそうです。
理由は「バカ丸出しだとキスマイの看板や家族、ファンの顔に泥を塗ることになるから」。グループやファンと並べて「家族」を挙げているところが印象的です。
2023年1月26日、横尾さんは公式サイトで結婚を発表しました。Kis-My-Ft2のメンバーでは初めての既婚者で、お相手は一般の方です。翌月には週刊誌が母親の話として、結婚を発表する少し前に2人であいさつに来てくれたと伝えています。
同じ頃の別の記事では、母親が横尾さんについて「息子は“今は仕事が楽しい”と話していましたから」と語ったとも報じられました。「歌や踊りはヘタですけど(笑)」というひと言も添えられており、兄だけでなく母親も、遠慮のない言葉で息子を見守っているようです。
兄に連れられて始まった芸能生活は、家族に見守られながら続いてきました。実家の家族は、横尾さんにとって一番身近な応援団といえそうです。
横尾渉の実家まとめ
横尾渉さんの実家と家族について、分かっていることをまとめます。
- 横尾渉さんは1986年5月16日生まれ、神奈川県出身
- 実家の市区町村は公表されておらず、本人は子供の頃に「マンモス団地」に住んでいたと語っている
- 家族は父・母・5つ上と3つ上の兄2人で、横尾さんは三男
- 父の職業は公表されておらず、「実家が金持ち」と示す公式な情報は見つからなかった
- 和食は、母親が作る姿を見て覚えたと本人が語っている
- 実家では何匹もの犬を飼ってきて、両親のために「ペットの終活アドバイザー」の資格を取った
- 中学2年生のとき、3つ上の兄に「フットサル」と誘われてオーディションを受けた
- 兄は美容師になる夢を選び、芸能界の夢を弟に託した
- デビュー発表のコンサートには家族が来ており、兄は客席で笑っていた
団地でにぎやかに育ち、母の台所で料理を覚え、兄に背中を押されて芸能界に入った横尾渉さん。活動の節目には、いつも実家の家族の姿がありました。これからの活躍にも注目です。

