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「中村栄輔」と検索すると、モスバーガーの社長としての経歴が気になっている方が多いのではないでしょうか。
実は中村栄輔さんは、創業家の出身ではなく、まったく違う夢を追いかけながらモスフードサービスにたどり着いた人物です。
この記事では、生い立ちから社長就任までの経歴を、わかりやすく整理してご紹介します。
目次
中村栄輔の経歴とプロフィール|モスバーガー社長の生い立ちと学歴
まずは、中村栄輔さんの生い立ちと学歴から、その経歴をたどっていきましょう。
| 出身は? | 福岡県三潴郡大木町 |
| 学歴は? | 中央大学法学部を卒業 |
| もとの志望は? | 医師、のちに法律家(司法試験) |
| 入社は? | 1988年にモスフードサービスへ中途入社 |
| 社長就任は? | 2016年、創業家以外から初の3代目社長 |
生まれ育ちと生け花一家の家庭環境
中村栄輔さんは1958年6月13日、福岡県三潴郡大木町に生まれました。福岡県の南部、筑後平野に広がる田園地帯で、のどかな自然と農業が身近にある土地です。
家庭環境は少し変わっていて、お父さまは生け花の先生でした。花を生け、季節の移ろいを形にする芸術の世界が、日常の中にあったわけです。きょうだいは兄が1人いて、長男ではない次男として育ちました。
芸事の家に育った人が、のちに全国チェーンを率いる経営者になるというのは、なかなか珍しい歩みです。整った所作や美意識、相手をもてなす心といった、生け花の世界に通じる感覚は、ハンバーガーという商品を「文化」として磨き上げるモスの企業姿勢とどこか重なるようにも感じられます。
地方ののびのびとした環境で、芸術と規律の両方に触れながら少年時代を過ごしたことが、中村栄輔さんの土台になっているのでしょう。
医師から法律家へ揺れた進路
中村栄輔さんは、中学校は福岡教育大学附属久留米中学校、高校は熊本マリスト学園高等学校へと進みます。いずれも学力の高い学校で、勉強熱心な少年だったことがうかがえます。
もともと志していたのは、医師の道でした。人の役に立つ仕事として医学部を目指していたのですが、さまざまな事情からこの夢は断念することになります。
そこで進路を大きく切り替え、今度は法律家を志して中央大学法学部へ進学しました。中央大学の法学部といえば、司法試験に強い「法科の中央」として知られる名門です。医師から法律家へと、まったく違う専門職のあいだで進路が揺れたところに、若き日の中村栄輔さんの真っすぐな向上心がにじみます。人の役に立ちたいという軸はそのままに、その実現の手段を柔軟に探し続けた学生時代だったといえるでしょう。
1982年に中央大学法学部を卒業。ここから、長い挑戦の日々が始まります。
司法試験に挑み続けた下積み時代
大学卒業後の中村栄輔さんが目標に据えたのは、難関中の難関である司法試験の合格でした。当時の司法試験は合格率が数パーセントという、まさに狭き門です。
中村栄輔さんは大学を出てからも勉強を続け、何年にもわたって司法試験に挑み続けました。一説には複数回にわたって受験したとも伝えられていますが、結果として合格には届かなかったとされています。
ただ、その間もただ机に向かっていただけではありません。IBM系のソフトウェア会社などで働きながら、生活を支えつつ受験勉強を重ねていたといわれています。働きながら難関試験に挑み続けた下積みの日々こそ、のちの経営者・中村栄輔さんを支える粘り強さの源になっています。
夢に手が届かない悔しさを味わいながらも、努力を止めなかった経験は、簡単にあきらめない経営者の姿勢へとつながっていきました。
異業種からの中途入社という転機
司法試験という目標と向き合い続けていた中村栄輔さんに、思いがけない転機が訪れます。モスフードサービスの社員だった知人から、入社を勧められたのです。
1988年、30歳のときに、中村栄輔さんは一般の入社試験を受けてモスフードサービスへ中途入社しました。新卒で入ったわけでも、コネで特別扱いされたわけでもなく、きちんと試験を経ての採用でした。
法律家を目指していた人が、外食チェーンの会社に飛び込む——傍から見れば大きな方向転換です。しかし、法律を学んだ知識と論理的な思考力は、企業の中でこそ大いに生きる武器になりました。夢破れた経験を引きずるのではなく、新しい場所で持てる力を発揮しようと切り替えたことが、人生の大きな分岐点になりました。
異業種からの遅いスタートだったからこそ、中村栄輔さんは「学び続けること」をその後も決してやめませんでした。
働きながら大学院で経営を学ぶ
モスフードサービスに入社してからも、中村栄輔さんの探究心は衰えませんでした。仕事を終えたあと、大学院の夜間コースに通って、本格的に経営学を学び始めたのです。
昼は会社員として働き、夜は学生として机に向かう——その両立は、決して楽なものではなかったはずです。修士論文の執筆が思うように進まず、本来2年で修了するところを3年かけて学び切ったというエピソードも残っています。
さらに、その学費にはボーナスを充てていたとも語られています。手にした賞与を遊びではなく学びに注ぎ込むという選択に、中村栄輔さんの本質が表れています。司法試験で培った勉強の習慣を、今度は経営の知識を深めるために役立てたわけです。
こうして法律と経営の両方を学んだ土台が、のちに社長として会社全体を見渡す力につながっていきます。
中村栄輔の経歴が物語る社長就任への道|創業家以外から選ばれた3代目
ここからは、入社後の中村栄輔さんがどのように昇進し、社長へと上り詰めたのか、その経歴を見ていきます。
法務部から経営の中枢への歩み
中村栄輔さんがモスフードサービスでまず力を発揮したのは、得意分野である法務でした。1995年には法務部長に就任し、契約やコンプライアンスといった会社の土台を支える役割を担います。
法務畑で実績を積んだのち、活躍の場は徐々に広がっていきました。社長室長や店舗開発の部門などを経験し、現場と管理の両面から会社を理解していきます。
2005年には執行役員営業企画本部長に就任。守りの法務から攻めの営業・開発へと、担当領域を一つずつ広げていったことが、経営者としての視野を育てました。その後は取締役執行役員開発本部長、国内モスバーガー事業の営業本部長、常務取締役事業統括執行役員と、まさに会社の中枢を歩んでいきます。
2010年に取締役、2014年に常務取締役と、一段ずつ着実に階段を上っていった点に、中村栄輔さんらしい堅実さが表れています。
創業家以外から選ばれた3代目
モスバーガーを運営するモスフードサービスは、もともと創業家とのつながりが強い会社でした。創業者は櫻田慧さん、2代目社長はその甥にあたる櫻田厚さんで、いずれも「櫻田家」の人物です。
そんな会社で、2016年6月、中村栄輔さんは代表取締役社長に就任します。これは創業家の血縁ではない人物が社長に就く、初めてのケースでした。
創業家以外から選ばれた「3代目社長」というのは、実力本位で評価された証にほかなりません。司法試験を志した経歴を持ち、中途入社で異業種から飛び込んだ人物がトップに立つというのは、年功や血縁よりも能力を重視するモスの姿勢をよく物語っています。
遠回りに見えた経歴のすべてが、社長就任という形でひとつにつながった瞬間でした。
前社長が後継者に託した思い
社長交代にあたり、前社長の櫻田厚さんは、後継者にあえて自分とは違うタイプを選んだと語っています。創業の精神を守りつつ、新しい時代に合った経営を進めてほしいという思いがあったのでしょう。
櫻田厚さんは中村栄輔さんについて、「左脳にあたる論理的な能力は私の10倍はすごい」と高く評価していました。一方で「右脳の、感情に訴える面はまだこれから」とも述べ、課題も率直に語っています。
論理の強さを買われて選ばれた後継者という評価が、中村栄輔さんの経歴を象徴しています。また櫻田厚さんは、社長を退いたあとも数年は会長として残り、中村栄輔さんをサポートしていくと表明しました。バトンを渡しつつ伴走するという、丁寧な引き継ぎだったのです。
創業者一族から託された期待を背負って、中村栄輔さんの社長としての歩みが始まりました。
社長としての経営スタイル
社長となった中村栄輔さんの経営は、法律と経営学を学んだ経歴を映すように、論理的で堅実なものといわれています。数字やデータをもとに冷静に判断するスタイルが持ち味です。
同時に、創業者・櫻田慧さんが残した「感謝される仕事をしたい」「人間って素晴らしい」という理念を大切に受け継ぐ姿勢も見せています。創業家以外の出身だからこそ、かえって創業の心を客観的に見つめ、次の世代へ橋渡しする役割を担っているともいえるでしょう。
原材料や安全性へのこだわり、店舗での手づくりを重んじるモスらしさを守りながら、時代に合わせた変革にも取り組んでいます。健康志向のメニュー開発やデジタル化、海外展開など、外食業界が大きく変わる局面で、論理と理念のバランスを取りながら舵取りを続けているのです。遠回りの末にトップへたどり着いた経歴が、創業の理念と新しい挑戦をつなぐ、中村栄輔さんならではの経営につながっています。
中村栄輔の経歴と人物像まとめ
- 1958年、福岡県三潴郡大木町に生まれる。父は生け花の先生で、芸事の家庭に育つ
- 医師を志すも断念し、法律家を目指して中央大学法学部を卒業
- 司法試験に何度も挑戦するが届かず、働きながら勉強を続ける下積みを経験
- 1988年、30歳のときにモスフードサービスへ中途入社。働きながら大学院で経営学を学ぶ
- 法務部長から執行役員、取締役、常務取締役へと着実に昇進
- 2016年、創業家以外から初の3代目社長に就任。前社長・櫻田厚さんに論理的能力を高く評価された
中村栄輔さんの経歴は、夢に破れても学び続け、与えられた場所で力を尽くした人の物語です。医師でも弁護士でもない道を歩みながら、最後はモスバーガーのトップへとたどり着いた歩みは、回り道が決して無駄にはならないことを教えてくれます。
